インド日記 アーグラー2月5日
その日は何故か目覚めが良かった。たぶん、インド初の列車の移動に緊張していたのだろう。
時間は、5時。窓の無いホテルの部屋は真っ暗で何も見えやしない。携帯電話の明かりを頼りに照明のスイッチを入れる。
ホットシャワーと言い難いぬるま湯で、顔を洗い、歯を磨き、髪型を整えた。インドではワックスなんて1回も使わなかった。
電気剃刀で髭を剃り、約束の時間に1階上のアマグチさんの部屋をノックした。
僕がノックしたのと同時にアマグチさんの携帯の目覚ましがなった。
後で気づいたが、僕の時計は少し進んでいたらしい。
僕は、部屋に帰り荷物をまとめフロントに下りた。
フロントでは従業員が床で2人、ソファーで1人寝ていた。カルチャーショックだろ!ホテルのフロントマンとボーイが床で寝てんだぜ。
僕は、なるべく起さないようにそっと歩き小声で「チェックアウト プリーズ」と、囁いた。
初のチェックアウト。難なく、終了。僕は、インドでホテルに関しては何も問題がなかった気がする。
お金の面に関しては、って事だが。クリケットの試合がテレビから垂れ流されていた。しばらくすると、アマグチさんが降りてきた。
英語の堪能な彼は、僕のそれとは違ってスマートにチェックアウトをこなしているように思えた。
僕たちは、早朝のメインバザールを、くそ重いバックパック背負って靄の中を歩いた。朝のメインバザールの道は広かった。
昼間は、すれ違うリクシャーを避けるにもギリギリだったが、店がすべて閉まっている通りはやけに広かった。
朝靄の中暗がりの中、掃除をしているインド人。インド人は掃除なんてしないのかって思ってた。それぐらい汚れている町並み。
後で判った事だが、掃除をするカーストとの事だ。
早朝にもかかわらず、人であふれるニューデリー駅。
僕はNO.1Prat Form、アマグチさんNO.12Prat Form
僕たちは、プラットフォームでお互いの写真を撮り、硬く握手をして分かれた。彼は、きっと良い人だって思った。
僕は、彼が居なかったらインドでやっていけなかったかも知れない。それぐらい、今回のインドでキーポイントになった人だ。
ああ、連絡先ぐらい聞いとけば良かったな。後で後悔するのが僕。くそ
予定時間を10分過ぎて列車は到着。僕は、出入口に書かれている乗客リストに目を通して乗車した。
欧米人女性がレディーファーストが当たり前の用に僕を押しのけて乗っていった。僕は、欧米人女性が嫌いになった。
くそ、くそ何がレディーファーストだ。ここはインドだ!カーストだうんこ踏め
僕は、この旅で初めてエアコン付きの列車に乗った。エアコンが必要ないぐらいに冷え込んだ朝に。
チケットに記入されたシートに座り3列シートには、隣に初老の身なりのきれいなインド人と、欧米人女性。
その他のシートには、欧米人旅行者と、若干のインド人。やはり、この車両は高かったようだ。
配られるボトルウォーター。続いて、チャイとビスケット。さらに、ブレックファーストでパンとジャガイモを揚げたやつと、マンゴージュース。
僕は、チャイをこぼした。隣のインド人は何も言わなかった。彼も、ミルクパウダーをばら撒いていた。
この後の、インド旅行中に乗った寝台車には何も出ては気やしなかった。やはり、高級車輌は違う。
お金を出せば、違う角度からのインドが見える気がした。
車窓には薄靄の中、時々見え隠れする立ち木しか見えなかった。非常につまらない世界の車窓から。
予定到着時間は2時間後。おおよそそれぐらいの時間がたった。インドの列車は車内放送なんてまったくない。
最後に行ったMumbaiの郊外列車くらいしかアナウンスしない。これでよく降りる駅が分かるなって毎回感心していた。
今回も、多分に漏れず僕のチキンハートはドキドキした。周りを見回し乗降する人数が少ないところは却下。
おそらく時間的に次の停車駅がアーグラー。ぼくは、隣の身なりの良いインド人に聞いてみた。
「すいません。次の駅はアーグラーですか?」「ああ、そうだよ」彼は、言葉少なくそういった。多分だが。
列車が駅に近づいてきたとき、車内の大半の乗客が降車準備を始めた。僕も、それを見習って準備した。
もらった、ボトルウォーターをバックパックに差し込んで。
降り立ったアーグラー。そこは、ニューデリーと違って田舎だった。僕は、まず駅のResarvation Offceを確認した。
次の目的地、バラナシ行きの列車の時刻を調べるために。よく分からなかった。チケット申込用紙を4枚ほど貰い駅を後にした。
多少は南下したとはいえ寒い。吐く息が白い。
ニューデリーと違って、ここのリクシャーは客引きがしつこくない。あくまでデリーと比べたらって事だが。
駅前に建つ建物は、デリーのそれと違ってすべてが低かった。つまり、田舎だった。
僕は、何故かニューデリーの町並みが恋しくなった。僕は、先天的にごゴミゴミした町並みと、人酔いするぐらい人が居るところが好きなんだろう。落ち着く。
リクシャー客引きの声を無視して、僕は地球の歩き方を片手に歩いた。
僕は、インドで歩いた歩いた。くそ踏みながら歩いた、歩いた理由を挙げたら、30時間はかかるだろうな
リクシャーとの交渉が面倒だってのもある。街の写真が撮れないってのもある。歩くのが好きなのかも知れない。
インドは歩いていてドキドキする。道を歩いていて面白い。
何なんだこの国。まじ面白いんだぜ。みんな行けば良いのにって言っても、みんな行かないな。
僕だって、ハワイを勧められてもきっと行かないもんな。あー沖縄なら行くな、だって呼ばれっから沖縄に。
歩く僕の肩にはパックパックが食い込む。腕が麻痺する。「あーちょっとひと休み。」バックパックを下ろして道端で一休み。
バックパックからボトルうウォーターを取り出して、乾いたのどを潤す。
たぶん、僕の目指しているホテルまでは約三キロ。20キロ近い僕の荷物は、確実に体力を消耗させた。
トレーニングしといてよかったなって思う瞬間。吐く息は白いのに、僕の体は汗ばんでいた。
通学中だと思う小学生から「ハロー!」って、僕もなれない英語で「ハロー」
彼らはコミュニケーション能力が異常に高い気がした。隣に座ったお金が絡まない関係だったら、国籍なんて関係なく町中で友達になる感じ。
居心地がいいって、こういう事なのかなって思ったりもした。
再び歩き出す僕。小学生だと思う、僕らはくだらない話をしながらしばらく歩いた。写真も撮った。
僕の立った髪型で笑うチャリ通のインド人。僕は中指を立てた。彼らは、それを見てさらに笑った。
彼の、学校まで一緒に歩いた。手を振って僕たちは別れた。
僕は、さらに歩いた。インドでは、ほんとによく歩いた。帰国してからアキレス腱が炎症するぐらい歩いた。
話しかけてくるサイクルリクシャー。こいつはしつこかった。ぼくは、無視してリスの写真や、家の写真を撮った。
しばらく歩いて、目的のホテル周辺になった。僕は地球の歩き方を片手に地図を確認。サイクルリクシャーのおっちゃんも覗き込む。
「この通りがThe Mallだ。お前の行くホテルはこの通りを曲がったところだ」
僕は、インド人を決して信用しない。地球の歩き方を見て僕は納得いくまで見て、彼の言っている事が正しいと確証した。
「日本人さん、乗っていくか?」僕は、朝早くおきて、重い荷物を担ぎ2キロの道なりを歩いて来たから意外に疲れていた。
僕は5ルピーって言う彼の言葉もあり、初のサイクルリクシャーに乗り込んだ。彼の、棒のような足で漕ぐサイクルリクシャーは、日本の人力車とは違い風流とはかけ離れていた。
乗り心地はちっとも良くはない。何だか、ちんどん屋か何かの見世物になった気がした。
彼のペダルを漕ぐ棒の様な足を見ていたら、何だか悲しい気分になった。きっと、朝早かったからだろう。きっと、そうだ。
ものの3分ほどで、Tourist Rest Houseに着いた。昨日の夜と列車の中で決めたホテル。
僕は、この旅ではガイドブックに書いてあるホテル以外には泊まらないって決めた。
なぜか、そう決めた。サイクルリクシャーのおっちゃんが話しかける。「今日は、タージマハル行くか?アーグラ城見に行くか?」
僕は、嘘をついた。「いや行かない。今日はホテルで寝ている」っておっちゃんに言った。おっちゃんは「明日は?」僕は「決めてない」
不毛な会話は何も生み出しやしなかった。この辺にいるからいつでも声掛けてくれって。
「ナマステー」ホテルの支配人だろうか、人当たりの良さそうな体格の、口髭が印象的な支配人。
僕と彼は部屋を見る為2階へ行った。この部屋は500ルピー。くそ、いつも予算オーバーの部屋から見せられる。
ああ、僕が予算の話をしないでシングルルームの部屋って事だけを伝えていたからだって後で気づいた。
僕は、もっと安い部屋って言ったら、悲しいね。彼の言ってる英語がまったく分からない。
途中で、何度も彼は「わかったか?」って、確認してくれる。
なんとなく分かるんだが、合ってる保障なんてヤギの糞以下だった。
たぶん、これからチェックアウトする部屋があるから、チャイでも飲みながらしばらく待ってくれって。
僕は、ホテルのレストランでチャイを飲みながら、歩きすぎと早起きの影響だろうか居眠りをした。正しくは、眠いから寝た。
1時間ぐらい寝てたのだろうか、案内されたシングルルームは中庭のレストラン兼通路にある部屋だった。
ホットシャワー付で1泊300ルピー。予算より高めだったが、中庭の小洒落たレストランが気に入った。
いや、すでに他のホテルに移動するだけの気力が無くなっていただけだが。
いつもの通り、パスポートを出しチェックイン。荷物を開き、ベッドに横になるが時間は12時前。やはり観光することにした
ベットから起き、僕は重い体を引きずるようにタージマハルへ向かった。
重い体だが、歩いていくことにした。言い寄ってくるサイクルリクシャー。この、おっちゃんはしつこかった。
僕は、黙って首を横に何度も振った。僕は、黙って右手で制した。彼は、あきらめなかった。僕は、彼を見ながら何かを怒鳴った。
あーなんでこうなるんだろう。ぼくは、インドで大声を張り上げた後で後悔した。いつも怒鳴った後は、なんとも言えない気持ちになる。あああぁ
そんな、気持ちも子供たちの「ハロー」で吹っ切れる。僕は幾度となく、下らない会話を彼らと繰り返した。
そんな僕も、結局はサイクルリクシャーに乗ってタージマハルに向かった。どうも、彼らの目を見ると負けてしまう。ああくそ
僕は、いつもサイクルリクシャーに乗ると彼らの細い足を見る。その棒のような足を見ると、いつもなんとも言えない気持ちになった。
10ルピーって事だったが、僕は5ルピーチップとして多めに払った。何食わぬ顔で受け取る彼。
公園のようになっているタージマハルの敷地。サルとリスと犬とうんこの写真を撮りながら僕は歩いた。
行列が出来ている横にチケットオフィスがあった。悪評高いインド考古学局に払う外国人料金を上乗せされたくそ高いチケット。750ルピーもした。
ボトルウォーターゲートとシューズカバーを受け取り、係りのインド人から「どっから来た。韓国か?」このころは、僕は決まって韓国人か?って聞かれる。
それは、寝台車でバラナシに向かうとき隣の寝台の韓国人女性からも、韓国人ですか?って聞かれた。ボアみたいな女の子だった。
日本人だって言ったら、ガッカリしていた。モテル男はつらいぜよ。ああ、この場合モテてないか?うんこ
係りのインド人は、僕を行列の一番前へ入れてくれた。不満げなインド人がやたら詰めて来た。ああ、インドだな
警察によるやたら厳しいボディーチェック。空港のそれより厳しかった。
中は、インドのそれとはまったく違った。やけに静かなインド。客引きがいない。声を誰も掛けてこない。
これでもインドかって物足りなくも思ったが、しばしの開放された感じは、やけに新鮮に思った。
門の暗闇のなかに見えるタージマハル。
僕は、思わずうなり声を上げた。でかい。何だこのでかさは。
くそ高いお金を払っても、来た甲斐があったってもんだ。
うげー、なんじゃこりゃーって素直に思った。インドらしからぬ、きれいな庭園には、きれいに整備された芝生と、きれいに並んだ噴水からは、きれいに水が迸る。
インドであってインドらしからぬその空間は、僕をひきつけた。
結局4時間ほどタージマハルに居た。王妃の墓に4時間。きっと、観光客に写真を撮られている王妃と王様は、めんどくせーって思ってる気がした。
お墓に観光に来ている僕も、何やってるんだってちょびっと思った。
後ろに広がるヤムナー河を眺めながら、幻に終わった黒いタージマハルを想像しながら。
はいうんこ。まったく想像していません。何にもない広大な土地に、牛が一杯だなって思ってました。はい、うんこ
日本じゃ考えられない、広大さに改めてインドの大きさは感じた。しかし、汚い河だった。
くそ高い考古学局に払ったチケットは、その日であればどこでも共通って事だった。
僕は、くそ不味いチベット人客引きのレストランで焼きそばを食べた。タージマハルの周辺を散歩してみた。お土産屋は少ない。
ちょっと行くとそこは、居住区になっていた。僕は、どうやら迷ったらしい。くそ。
ガイドブックの地図以外のところを歩いていることはなんとなく分かった。
最悪オートリクシャーに乗れば戻ることはできるが、何とか自分の足で戻りたかった。そう思った
。
歩く僕、追いかけてくるインド人のガキ。「フォトフォト」「ハーイ撮るよー」僕は、散々写真を撮った。いや、撮らされた。
はじめは3人だったインド人少年少女。気がつけば、僕は20人ぐらいに囲まれていた。
怒鳴るインド人爺。ああ、日本の田舎によくあるあるあれか。僕だってこの状況なら怒鳴る。
言葉は分からないが、たぶんうるせーって言ってる気がした。僕と、43の瞳は行進した。写真を撮りながら、お金を要求するガキたち。
僕はハーメルンの笛吹き男みたいだった。たぶん金暮れって言葉なんだろう。僕も、一緒になって真似して言った。
言いながら歩いた。子供たちは笑ってた。
時間があまりないこともあり、オートリクシャーでアーグラーフォートに向かった。
やはりでかい。何だろう?インド。どうなってるインド。王様の権力が壮大だったことをイメージさせるには余りある大きさ。石の量。
そこに入って行く僕は、まるでドルアーガの塔を登って行くギルか、キングダムハーツのソラになった気がした。しかし、気のせいだった
僕の腓腹筋は限界をとっくに過ぎていた感じだった。夕暮れに閉館するアーグラー城。
もはや、僕は歩いてホテルまで帰れる気がしなかった。
サイクルリクシャーの親父が、「めっちゃ安いよ。5ルピーでいいよ」それは、破格の値段だった。
僕は、たぶん疲れていて思考能力が低下していた。言い訳をさせてくれ。つまり、そうだった気がする。
つかれきった、足で帰る気がしなかった僕は、一番安い値段で言い寄ってきた黒褐色爺のサイクルリクシャーに乗った。
坂道を彼はサイクルリクシャーを押しながら、喋った。「お土産屋があるんだ。日本人、お茶とか好きか?シルクとか、宝石とかあるぞ」
僕は、非常に疲れていた。歩くことすら苦痛。喋ることは出来る。僕は、ホテルに行くように促した。
ホテルには行くがお土産屋にも行くの1点張り。
はー。マジめんどくせー。僕は、有無を言わさず降りた。彼は5ルピー払えって言っていた。僕はファックって言った。何か叫んでいたが無視して歩いた。
やれやれ、今日二度目だ。僕は、最近怒りっぽくなってるような気がした。怒鳴るたびに嫌な気分になる。くそ。
つかれた体を引きずり。ガイドブックを見ながらホテルまで歩いた。怒鳴った事をあれこれ考えながら。
ホテルに帰り、屋上にのぼり夕焼けを眺めながらストレッチをした。空には凧があがっていた。
夕焼け空は、いつも、どこでも感傷的にするなって思った。
一休みして、列車の時刻表を調べるためにホテルの1室にあるInternet Cafeに向かった。
日本人女性がやってきた。僕らは色々試したがどうやら日本語の表示が出来ないらしい。
隣のInternet Cafeに行った。今度は速度が遅すぎて何も開けなかった。僕たちは断念してホテルに戻った。
夜になって、日本人女性2人組みとチャイを飲みながら喋った。彼女たちは、インドに来て3週間らしい。
たぶん、マザーハウスのボランティアメインで来た様な気がした。彼女たちはエアメールを書きながら喋った。
僕は、エアメールのやり方を聞いた。僕も書こうと思ったが、住所を知らないなって思った。
1人の彼女は、インド以外にもタイ・ベトナム・フィリピン・ブラジル・ネパール・カンボジア等を回っているとの事だった。
純粋に行動力が羨ましかった。
僕が、逆立ちしてうんこしながらカレーを食べる以上に行動力があるって思った。
その日の夢には、日本で女の子と喋ってる夢を見た。やれやれ
2月6日に続く
時間は、5時。窓の無いホテルの部屋は真っ暗で何も見えやしない。携帯電話の明かりを頼りに照明のスイッチを入れる。
ホットシャワーと言い難いぬるま湯で、顔を洗い、歯を磨き、髪型を整えた。インドではワックスなんて1回も使わなかった。
電気剃刀で髭を剃り、約束の時間に1階上のアマグチさんの部屋をノックした。
僕がノックしたのと同時にアマグチさんの携帯の目覚ましがなった。
後で気づいたが、僕の時計は少し進んでいたらしい。
僕は、部屋に帰り荷物をまとめフロントに下りた。
フロントでは従業員が床で2人、ソファーで1人寝ていた。カルチャーショックだろ!ホテルのフロントマンとボーイが床で寝てんだぜ。
僕は、なるべく起さないようにそっと歩き小声で「チェックアウト プリーズ」と、囁いた。
初のチェックアウト。難なく、終了。僕は、インドでホテルに関しては何も問題がなかった気がする。
お金の面に関しては、って事だが。クリケットの試合がテレビから垂れ流されていた。しばらくすると、アマグチさんが降りてきた。
英語の堪能な彼は、僕のそれとは違ってスマートにチェックアウトをこなしているように思えた。
僕たちは、早朝のメインバザールを、くそ重いバックパック背負って靄の中を歩いた。朝のメインバザールの道は広かった。
昼間は、すれ違うリクシャーを避けるにもギリギリだったが、店がすべて閉まっている通りはやけに広かった。
朝靄の中暗がりの中、掃除をしているインド人。インド人は掃除なんてしないのかって思ってた。それぐらい汚れている町並み。
後で判った事だが、掃除をするカーストとの事だ。
早朝にもかかわらず、人であふれるニューデリー駅。
僕はNO.1Prat Form、アマグチさんNO.12Prat Form
僕たちは、プラットフォームでお互いの写真を撮り、硬く握手をして分かれた。彼は、きっと良い人だって思った。
僕は、彼が居なかったらインドでやっていけなかったかも知れない。それぐらい、今回のインドでキーポイントになった人だ。
ああ、連絡先ぐらい聞いとけば良かったな。後で後悔するのが僕。くそ
予定時間を10分過ぎて列車は到着。僕は、出入口に書かれている乗客リストに目を通して乗車した。
欧米人女性がレディーファーストが当たり前の用に僕を押しのけて乗っていった。僕は、欧米人女性が嫌いになった。
くそ、くそ何がレディーファーストだ。ここはインドだ!カーストだうんこ踏め
僕は、この旅で初めてエアコン付きの列車に乗った。エアコンが必要ないぐらいに冷え込んだ朝に。
チケットに記入されたシートに座り3列シートには、隣に初老の身なりのきれいなインド人と、欧米人女性。
その他のシートには、欧米人旅行者と、若干のインド人。やはり、この車両は高かったようだ。
配られるボトルウォーター。続いて、チャイとビスケット。さらに、ブレックファーストでパンとジャガイモを揚げたやつと、マンゴージュース。
僕は、チャイをこぼした。隣のインド人は何も言わなかった。彼も、ミルクパウダーをばら撒いていた。
この後の、インド旅行中に乗った寝台車には何も出ては気やしなかった。やはり、高級車輌は違う。
お金を出せば、違う角度からのインドが見える気がした。
車窓には薄靄の中、時々見え隠れする立ち木しか見えなかった。非常につまらない世界の車窓から。
予定到着時間は2時間後。おおよそそれぐらいの時間がたった。インドの列車は車内放送なんてまったくない。
最後に行ったMumbaiの郊外列車くらいしかアナウンスしない。これでよく降りる駅が分かるなって毎回感心していた。
今回も、多分に漏れず僕のチキンハートはドキドキした。周りを見回し乗降する人数が少ないところは却下。
おそらく時間的に次の停車駅がアーグラー。ぼくは、隣の身なりの良いインド人に聞いてみた。
「すいません。次の駅はアーグラーですか?」「ああ、そうだよ」彼は、言葉少なくそういった。多分だが。
列車が駅に近づいてきたとき、車内の大半の乗客が降車準備を始めた。僕も、それを見習って準備した。
もらった、ボトルウォーターをバックパックに差し込んで。
降り立ったアーグラー。そこは、ニューデリーと違って田舎だった。僕は、まず駅のResarvation Offceを確認した。
次の目的地、バラナシ行きの列車の時刻を調べるために。よく分からなかった。チケット申込用紙を4枚ほど貰い駅を後にした。
多少は南下したとはいえ寒い。吐く息が白い。
ニューデリーと違って、ここのリクシャーは客引きがしつこくない。あくまでデリーと比べたらって事だが。
駅前に建つ建物は、デリーのそれと違ってすべてが低かった。つまり、田舎だった。
僕は、何故かニューデリーの町並みが恋しくなった。僕は、先天的にごゴミゴミした町並みと、人酔いするぐらい人が居るところが好きなんだろう。落ち着く。
リクシャー客引きの声を無視して、僕は地球の歩き方を片手に歩いた。
僕は、インドで歩いた歩いた。くそ踏みながら歩いた、歩いた理由を挙げたら、30時間はかかるだろうな
リクシャーとの交渉が面倒だってのもある。街の写真が撮れないってのもある。歩くのが好きなのかも知れない。
インドは歩いていてドキドキする。道を歩いていて面白い。
何なんだこの国。まじ面白いんだぜ。みんな行けば良いのにって言っても、みんな行かないな。
僕だって、ハワイを勧められてもきっと行かないもんな。あー沖縄なら行くな、だって呼ばれっから沖縄に。
歩く僕の肩にはパックパックが食い込む。腕が麻痺する。「あーちょっとひと休み。」バックパックを下ろして道端で一休み。
バックパックからボトルうウォーターを取り出して、乾いたのどを潤す。
たぶん、僕の目指しているホテルまでは約三キロ。20キロ近い僕の荷物は、確実に体力を消耗させた。
トレーニングしといてよかったなって思う瞬間。吐く息は白いのに、僕の体は汗ばんでいた。
通学中だと思う小学生から「ハロー!」って、僕もなれない英語で「ハロー」
彼らはコミュニケーション能力が異常に高い気がした。隣に座ったお金が絡まない関係だったら、国籍なんて関係なく町中で友達になる感じ。
居心地がいいって、こういう事なのかなって思ったりもした。
再び歩き出す僕。小学生だと思う、僕らはくだらない話をしながらしばらく歩いた。写真も撮った。
僕の立った髪型で笑うチャリ通のインド人。僕は中指を立てた。彼らは、それを見てさらに笑った。
彼の、学校まで一緒に歩いた。手を振って僕たちは別れた。
僕は、さらに歩いた。インドでは、ほんとによく歩いた。帰国してからアキレス腱が炎症するぐらい歩いた。
話しかけてくるサイクルリクシャー。こいつはしつこかった。ぼくは、無視してリスの写真や、家の写真を撮った。
しばらく歩いて、目的のホテル周辺になった。僕は地球の歩き方を片手に地図を確認。サイクルリクシャーのおっちゃんも覗き込む。
「この通りがThe Mallだ。お前の行くホテルはこの通りを曲がったところだ」
僕は、インド人を決して信用しない。地球の歩き方を見て僕は納得いくまで見て、彼の言っている事が正しいと確証した。
「日本人さん、乗っていくか?」僕は、朝早くおきて、重い荷物を担ぎ2キロの道なりを歩いて来たから意外に疲れていた。
僕は5ルピーって言う彼の言葉もあり、初のサイクルリクシャーに乗り込んだ。彼の、棒のような足で漕ぐサイクルリクシャーは、日本の人力車とは違い風流とはかけ離れていた。
乗り心地はちっとも良くはない。何だか、ちんどん屋か何かの見世物になった気がした。
彼のペダルを漕ぐ棒の様な足を見ていたら、何だか悲しい気分になった。きっと、朝早かったからだろう。きっと、そうだ。
ものの3分ほどで、Tourist Rest Houseに着いた。昨日の夜と列車の中で決めたホテル。
僕は、この旅ではガイドブックに書いてあるホテル以外には泊まらないって決めた。
なぜか、そう決めた。サイクルリクシャーのおっちゃんが話しかける。「今日は、タージマハル行くか?アーグラ城見に行くか?」
僕は、嘘をついた。「いや行かない。今日はホテルで寝ている」っておっちゃんに言った。おっちゃんは「明日は?」僕は「決めてない」
不毛な会話は何も生み出しやしなかった。この辺にいるからいつでも声掛けてくれって。
「ナマステー」ホテルの支配人だろうか、人当たりの良さそうな体格の、口髭が印象的な支配人。
僕と彼は部屋を見る為2階へ行った。この部屋は500ルピー。くそ、いつも予算オーバーの部屋から見せられる。
ああ、僕が予算の話をしないでシングルルームの部屋って事だけを伝えていたからだって後で気づいた。
僕は、もっと安い部屋って言ったら、悲しいね。彼の言ってる英語がまったく分からない。
途中で、何度も彼は「わかったか?」って、確認してくれる。
なんとなく分かるんだが、合ってる保障なんてヤギの糞以下だった。
たぶん、これからチェックアウトする部屋があるから、チャイでも飲みながらしばらく待ってくれって。
僕は、ホテルのレストランでチャイを飲みながら、歩きすぎと早起きの影響だろうか居眠りをした。正しくは、眠いから寝た。
1時間ぐらい寝てたのだろうか、案内されたシングルルームは中庭のレストラン兼通路にある部屋だった。
ホットシャワー付で1泊300ルピー。予算より高めだったが、中庭の小洒落たレストランが気に入った。
いや、すでに他のホテルに移動するだけの気力が無くなっていただけだが。
いつもの通り、パスポートを出しチェックイン。荷物を開き、ベッドに横になるが時間は12時前。やはり観光することにした
ベットから起き、僕は重い体を引きずるようにタージマハルへ向かった。
重い体だが、歩いていくことにした。言い寄ってくるサイクルリクシャー。この、おっちゃんはしつこかった。
僕は、黙って首を横に何度も振った。僕は、黙って右手で制した。彼は、あきらめなかった。僕は、彼を見ながら何かを怒鳴った。
あーなんでこうなるんだろう。ぼくは、インドで大声を張り上げた後で後悔した。いつも怒鳴った後は、なんとも言えない気持ちになる。あああぁ
そんな、気持ちも子供たちの「ハロー」で吹っ切れる。僕は幾度となく、下らない会話を彼らと繰り返した。
そんな僕も、結局はサイクルリクシャーに乗ってタージマハルに向かった。どうも、彼らの目を見ると負けてしまう。ああくそ
僕は、いつもサイクルリクシャーに乗ると彼らの細い足を見る。その棒のような足を見ると、いつもなんとも言えない気持ちになった。
10ルピーって事だったが、僕は5ルピーチップとして多めに払った。何食わぬ顔で受け取る彼。
公園のようになっているタージマハルの敷地。サルとリスと犬とうんこの写真を撮りながら僕は歩いた。
行列が出来ている横にチケットオフィスがあった。悪評高いインド考古学局に払う外国人料金を上乗せされたくそ高いチケット。750ルピーもした。
ボトルウォーターゲートとシューズカバーを受け取り、係りのインド人から「どっから来た。韓国か?」このころは、僕は決まって韓国人か?って聞かれる。
それは、寝台車でバラナシに向かうとき隣の寝台の韓国人女性からも、韓国人ですか?って聞かれた。ボアみたいな女の子だった。
日本人だって言ったら、ガッカリしていた。モテル男はつらいぜよ。ああ、この場合モテてないか?うんこ
係りのインド人は、僕を行列の一番前へ入れてくれた。不満げなインド人がやたら詰めて来た。ああ、インドだな
警察によるやたら厳しいボディーチェック。空港のそれより厳しかった。
中は、インドのそれとはまったく違った。やけに静かなインド。客引きがいない。声を誰も掛けてこない。
これでもインドかって物足りなくも思ったが、しばしの開放された感じは、やけに新鮮に思った。
門の暗闇のなかに見えるタージマハル。
僕は、思わずうなり声を上げた。でかい。何だこのでかさは。
くそ高いお金を払っても、来た甲斐があったってもんだ。
うげー、なんじゃこりゃーって素直に思った。インドらしからぬ、きれいな庭園には、きれいに整備された芝生と、きれいに並んだ噴水からは、きれいに水が迸る。
インドであってインドらしからぬその空間は、僕をひきつけた。
結局4時間ほどタージマハルに居た。王妃の墓に4時間。きっと、観光客に写真を撮られている王妃と王様は、めんどくせーって思ってる気がした。
お墓に観光に来ている僕も、何やってるんだってちょびっと思った。
後ろに広がるヤムナー河を眺めながら、幻に終わった黒いタージマハルを想像しながら。
はいうんこ。まったく想像していません。何にもない広大な土地に、牛が一杯だなって思ってました。はい、うんこ
日本じゃ考えられない、広大さに改めてインドの大きさは感じた。しかし、汚い河だった。
くそ高い考古学局に払ったチケットは、その日であればどこでも共通って事だった。
僕は、くそ不味いチベット人客引きのレストランで焼きそばを食べた。タージマハルの周辺を散歩してみた。お土産屋は少ない。
ちょっと行くとそこは、居住区になっていた。僕は、どうやら迷ったらしい。くそ。
ガイドブックの地図以外のところを歩いていることはなんとなく分かった。
最悪オートリクシャーに乗れば戻ることはできるが、何とか自分の足で戻りたかった。そう思った
。
歩く僕、追いかけてくるインド人のガキ。「フォトフォト」「ハーイ撮るよー」僕は、散々写真を撮った。いや、撮らされた。
はじめは3人だったインド人少年少女。気がつけば、僕は20人ぐらいに囲まれていた。
怒鳴るインド人爺。ああ、日本の田舎によくあるあるあれか。僕だってこの状況なら怒鳴る。
言葉は分からないが、たぶんうるせーって言ってる気がした。僕と、43の瞳は行進した。写真を撮りながら、お金を要求するガキたち。
僕はハーメルンの笛吹き男みたいだった。たぶん金暮れって言葉なんだろう。僕も、一緒になって真似して言った。
言いながら歩いた。子供たちは笑ってた。
時間があまりないこともあり、オートリクシャーでアーグラーフォートに向かった。
やはりでかい。何だろう?インド。どうなってるインド。王様の権力が壮大だったことをイメージさせるには余りある大きさ。石の量。
そこに入って行く僕は、まるでドルアーガの塔を登って行くギルか、キングダムハーツのソラになった気がした。しかし、気のせいだった
僕の腓腹筋は限界をとっくに過ぎていた感じだった。夕暮れに閉館するアーグラー城。
もはや、僕は歩いてホテルまで帰れる気がしなかった。
サイクルリクシャーの親父が、「めっちゃ安いよ。5ルピーでいいよ」それは、破格の値段だった。
僕は、たぶん疲れていて思考能力が低下していた。言い訳をさせてくれ。つまり、そうだった気がする。
つかれきった、足で帰る気がしなかった僕は、一番安い値段で言い寄ってきた黒褐色爺のサイクルリクシャーに乗った。
坂道を彼はサイクルリクシャーを押しながら、喋った。「お土産屋があるんだ。日本人、お茶とか好きか?シルクとか、宝石とかあるぞ」
僕は、非常に疲れていた。歩くことすら苦痛。喋ることは出来る。僕は、ホテルに行くように促した。
ホテルには行くがお土産屋にも行くの1点張り。
はー。マジめんどくせー。僕は、有無を言わさず降りた。彼は5ルピー払えって言っていた。僕はファックって言った。何か叫んでいたが無視して歩いた。
やれやれ、今日二度目だ。僕は、最近怒りっぽくなってるような気がした。怒鳴るたびに嫌な気分になる。くそ。
つかれた体を引きずり。ガイドブックを見ながらホテルまで歩いた。怒鳴った事をあれこれ考えながら。
ホテルに帰り、屋上にのぼり夕焼けを眺めながらストレッチをした。空には凧があがっていた。
夕焼け空は、いつも、どこでも感傷的にするなって思った。
一休みして、列車の時刻表を調べるためにホテルの1室にあるInternet Cafeに向かった。
日本人女性がやってきた。僕らは色々試したがどうやら日本語の表示が出来ないらしい。
隣のInternet Cafeに行った。今度は速度が遅すぎて何も開けなかった。僕たちは断念してホテルに戻った。
夜になって、日本人女性2人組みとチャイを飲みながら喋った。彼女たちは、インドに来て3週間らしい。
たぶん、マザーハウスのボランティアメインで来た様な気がした。彼女たちはエアメールを書きながら喋った。
僕は、エアメールのやり方を聞いた。僕も書こうと思ったが、住所を知らないなって思った。
1人の彼女は、インド以外にもタイ・ベトナム・フィリピン・ブラジル・ネパール・カンボジア等を回っているとの事だった。
純粋に行動力が羨ましかった。
僕が、逆立ちしてうんこしながらカレーを食べる以上に行動力があるって思った。
その日の夢には、日本で女の子と喋ってる夢を見た。やれやれ
2月6日に続く
comments
comment form
trackback



