インド日記 アーグラー2月6日〜2月8日
翌朝は、昼過ぎに目覚めた。相変わらず昼か夜か分からないホテルの部屋は、あーめんどくせー
今日の予定を考えながら、中庭でチャイとトマトチーズサンドイッチを食べた。プラスチックの赤いコカコーラって書かれたテーブルで食べた。
陽の差し来む中庭では、インド人が談笑している。ああ、ぼくは紛れもなくインドに来ているって思った。なにか、映画のワンシーンの中にいるような気もした。
ああ、こりゃ自分に酔ってんなって客観的にそう思った。あー恥ずかしいったらありゃしねー。
今日の予定は、列車のチケットを取る。ATMで予想外になくなって列車のチケットすら買えそうも無い持ち金を補充する。
ネットカフェで列車のダイヤを調べる。エアメールを出す。洗濯する。こんな予定。
日本の感覚で駅前向かって歩いた。
インドはきっと違う。違った確実に。駅前が発展してはいない。必ずだった。
僕は、ネットカフェもATMも無い駅前にうんざりしながら、駅で時刻表を確認した。たぶんこの列車なのだろうがよくわからん。
チケット買うお金も無い。くそ
次に目星をつけたのが、高級ホテル街。この日も僕は歩く。歩く。
しかし、僕の頭の中では、ああATMが見つからなかったら一生インドから出国することができないんじゃないかって妄想が広がってきた。
ガイドブックにすら記入されていないATM。歩く距離が増えるごとに少しずつ絶望感が高まっていった。
くそ。何のための携帯だ。何のためのネットカフェだ。僕は、最悪ネットカフェがあれば何とかなるって思いながら歩いた。
僕は、写真すら取ることを忘れて歩いた。我武者羅に何も口にするのを忘れて歩いた。その日は珍しく暑かった。
高まりつつある、喪失感と絶望感。ああ、僕はインドでインドで。くそくそあわわわぁぁぁ。
リクシャーに八つ当たりとも取れる罵声を僕は浴びせた。おかげで、僕の中に更なる感情が芽生えた。あぁあぁぁわあわわああがががががあぁぁ
ん!あれ?メインロードのThe Mailに車が走らなくなった。自転車すらだ。僕は何か嫌な予感がした。もしや、暴動か何かか?
もう、僕の精神状態はインドの河より混沌としてきた。たぶん、何か天中殺と厄日と大殺界が一緒に来たような感じ。僕は、インドが嫌いになった。
静まり返ったメインロード。僕は、端っこをこっそり歩く、交差点で道路を封鎖している警官。封鎖のため行き場がなくなったインド人達。
ぼくは、警官に怒鳴られて封鎖されているところまで走った。インド人の手招きに答えるように小屋の中に入った。
英語が出来れば状況を聞くことが出来るんだけど、僕は状況を見つめるしかなかった。
どのくらいだろう、僕たちはしばらく佇んでいた。封鎖された道を走る、軍あるいは警察の車両。そして、それは簡単に封鎖が解かれた。
いったいなんだったのか分からない。結局、2回ほど封鎖されるメインロードに遭遇した。
今日はきっと厄日だ。たぶん、呪われた日だ。くそ。くそ。大して暑くもないのに、背中に汗を掻いていた。あわわわ。
インドに帰化するの巻き。
インドでは、毎日歩きながらいろんな妄想が広がった。むしろ、妄想しかしてなかったな。妄想の旅。股旅。靴下。
この日の妄想は、地球の終わりを連想させた。くそ。ATMが見つからないってだけなのに
妄想しながら歩く僕。ん!Internetの文字。うんこー。あるやんけー。くそうんこ。マジうんこ。いいぞ俺うんこ。
入った、ネットカフェでは日本語が出来なかった。きっと、ほかにもあるって確信した僕は、水を得た魚。
いや、プロテインを飲んだみつはたしかり、がんがん勇気がわいてきた。くそ。おれ簡単だな。ん!Citi Bank発見!
はー、まじ俺マジ俺わわわ。うんこここここここ
よく使い方の分からないATMに四苦八苦しながら7000ルピーGet。はー、やっぱ金です。ほんとこの時そう思った。拝金主義になろう
ネットカフェも、難なく見つかり、インド人に覗かれながら、列車のダイヤは分からなかったが、必要な情報は何とか手に入った。
翌朝は起きたらすでに疲れていた。どうやら、インドに来て歩きすぎのようだ。くそ。欧米人の声で目覚める。くそ寒い朝に
夜は、寒くて厚手の毛布1枚しかないベッドでは、寒くて夜中に起きる。日中はTシャツで問題なし。こりゃ風邪引くなって思った。
案の定、僕はインドで3日風邪でダウンした。
今日の予定を立てるべく、中庭のテーブルで地球の歩きかたを見ていると「日本の方ですか?」
オオイシさん。確か38歳の男性だった。今日アーグラーに着いて、ホテルを探しているとの事だった。
僕と同じで、チェックアウトがまだ済んでいないから暫くチャイでも飲みながら待っとけって事だったらしい。
僕と、オオイシさんはお互いの情報を交換した。僕は、列車のチケットの取り方とを聞いた。僕は、アーグラーについていろいろ話した。
オオイシさんの話では、寝台車は毛布が無いと、寒くて寝れないって話だった。僕は、今日の予定に毛布を購入するのを付け加えた。
僕は、チャイとトマトチーズサンドイッチを食べ、今日の予定のトレインチケットと毛布とエアメイルを出すべく歩いた。
出掛けに、ホテルの支配人にナマステと言って、行き先を伝えたら道を教えてくれた。
僕は知っていたが、ありがとうと言って手を合わせた。
午前中の街は良い。みんな、昼の営業に向けて準備中。客なんかに構っている暇は無いっと言った感じで、僕に話しかけてこない。
インドらしからぬ状況が新鮮だった。
アーグラーフォート駅のリザベーションオフィスで、昨夜電子辞書と格闘しながら書いた紙を、係りのインド人に差し出す。
相変わらずナニ言ってるか判らない。僕の英語力には糠に糠といった所か
何とかチケットは購入できた。列車の時間が、僕の調べた6時発ではなくて夜21時になっていたが。まあ、何とかなるだろう。
ブランケットを探すべく、駅周辺のバザールをうろついた。
アーグラー駅周辺は、布の店が多い。ジーパン・Tシャツ・サリー・布団・スカーフ・シーツ。西日暮里か!って思った。
くそ、インドで西日暮里。僕の泊まっているところは、さしずめ駒込といったところか。
くそ、こういう時、優柔不断はまったく困る。ぜんぜん決まらない。きまらなすぎておなかが減ってきた。しかも迷った。くそ。
ホットミルクの甘いやつと、ジャガイモ潰して揚げたやつを、食べた。ミルクスタンドみたいだった。
こんな、屋台がインドには死ぬほどある。僕は死ぬほどは食べなかったが
疲れたから、チャイ屋で一休み。なぜか、インド人に笑われてる。くそ。僕の視線で笑ってたインド人は黙った。くそ、何だってんだ。
いい加減面倒になった僕は、ブランケットのスモールサイズを140ルピーで購入した。日本円で500円と言ったところか。
もっと、交渉すればよかったと後で後悔。だって、きっとボラレテイルカラ
ホテルに帰ると、オーナーが「何買ったんだ?」「ん!ブランケットだよ」「俺にか。おおThank You」「あほか!やらーん」
ぼくと、オーナーは笑った。肩を組んで笑った。
コカコーラとボトルウォーターを買って帰ると、僕の部屋の前のテーブルに日本人女性が2人座っていた。たぶん関西の人だ。
ぼくは、苦手な気がしたので2、3言喋って屋上に登った。夕焼けが綺麗だった。空には凧が上がっていった。
10個ほど揚がっていた。僕は屋上で腕立て伏せとスクワットをした。インド人ホテルマンが僕を見て親指を立て笑ってた。
オオイシさんとホテルのレストランで1時間ほど食事をしながら話した。先出の関西人女性2人組みがやって来た。
オオイシさんが話しかけた。彼女たちも、僕たちと同じように転職のタイミングで旅をしているとの事だ。
彼女たちは、4ヶ月ほど海外を旅行していて、タイ・カンボジア・バリ・インドで終わる旅。僕と、オオイシさんは項垂れた。
女性の行動力には頭が下がる。オオイシさんが知り合った、映画監督でインドに招待された人と、ヨガを学びに4ヶ月インドにいる人も女性だと言っていた。
欧米人のドンちゃん騒ぎでその日は中々眠れなかった。あほか。早く寝ろ欧米人。
この日の朝は、糞が付くほど寒かった。しかも、喉が痛い。風邪を引いたかも知れないと。
ホットシャワーとは言いがたい微温湯でシャワーを浴びた。今日でアーグラーともおさらば。
体調が思わしく無い為、この日は体力温存日にしようと決めた。
今日の予定は、列車の時刻表を買う。昨日オオイシさんに聞いたタージマハルの元になった、何とかカンとか楼を見に行くの二点。
ブレックファーストを取り。ホテルをチェックアウト。オーナーが今日はどうするんだって聞いてきた。
僕は、21時の列車でバラナシに行くって言った。
荷物を置いていても良いよって言ってくれたが、僕は断った。だって、駅から遠いんだもんモン悶
ナマステって言って、僕はホテルを後にした。
糞、道に迷った。いや、間違えた。くそ。バックパックをしょった状態での遠回り。気が緩んでいたんじゃないかって糞。
駅で、チャイを飲んで一休み。30ルピーの列車の時刻表を買って。何とかカンとか楼へ向かった。
今にも壊れそうな橋をサイクルリクシャーで渡った。
芝生で寝転んで時刻表を読んだ。意味が解らなかった。インド人家族が僕の近くの芝生に座った。その家族の末っ子が話しかけてきた。
僕のカメラで家族の写真をとっていいかって。僕は、ちょっと迷ったが渡した。革ジャンが似合う何とか君に。
いろいろ話したが、すべて忘れた。くそ、僕の記憶力はアルツハイマー。なんだか、嫌になる。くそ。
小声で、写真とってやったから金くれって小声で言ってくる革ジャン。あーインド。僕は黙って首をゆっくり振った。
時間は15時。列車は21時くそ。僕は駅前のチャパティーとスープの屋台で食事をとる事にした。5ルピーだった。しかし、辛い。
隣に座っている黒褐色のインド人爺が笑ってる。日本人ってか、おれは辛いの無理やねんって言ってやりたがったが、わわわ
インド人爺、青唐辛子を勝手に取りナイフで切り中に塩を詰めだした。僕は、それを何気なく見ていた。店の親父に焼いてくれって言ってた。たぶん。
インド自由だなって思ってたら、焼いた青唐辛子を店の親父が僕に差し出した。意味が分からん。
ああ、あれかBARとかで、あのお客さんからってあれか?あれは、恋愛のきっかけじゃねーか!あほかって思った。
爺からも、食べろ日本人みたいな空気。くそ。っくそ。なんだこいつら、ふざけんなって思った。
ここで引いたら、大和魂が廃るって思っちまった僕は、きっとスパイスで脳がスパイシーになってたんじゃないかなって思う。
試しに、尻尾の部分をちょびっと、ホンノチョビット食べてみた。ん?辛くねーぞ?ん?
爺が「だろ、チャパティーに巻いて食ったらうまいぞ」って、たぶんそんな感じ。僕は、巻いて食べた。
馬鹿ですねインド人と僕。口の中がカオス。かおす。意味が分からん感情と口内。くそ。水が辛い。くそ。
顔中から滴り落ちる汗。僕のTシャツが見る見る汗ばんで行くのが分かった。
糞インド人笑ってんじゃねーって、思ったがそんな些細なことに構ってる余裕は、皆無。糞。
さすがに冗談が過ぎたのかと思ったかどうかは分からんが、黒褐色の爺がビニール袋から林檎の砂糖漬けの甘いやつを取り出して僕に進めた。
僕は、それを食べたがまったく収まりやしない。道の反対側からインド人が笑いながら見てる。くそ。時間にして10分ぐらいだろうか、そんなカオスな状態も治まった。
しらっとしている爺。チャイ飲むかって言われたが、ホットのチャイは僕の口には今は入れるべきではなかった。爺のおかげで
爺に別れを告げ、別の屋台に行った。チャイとサモサを食べ、しばらくぼけっとしてみた。列車の時間まで4時間は確実にある。糞。
僕は、プラットホームに向かいベンチがいっぱいだったから、輸送用荷物の木箱に座って本を読んだ。
プラットホームでは、犬とサルが喧嘩している。インドも犬猿の中らしい。
キオスクでチャイとチョコレートとヴィックスドロップ10個買い、ベンチで本を読んだ。夜になると寒くなってきた。
本を読むのも飽きてきた僕は、チケットに書いてあるシート番号の意味を推理してみた。デリーから来た時と何かが違う。
変な不安がよぎった。それは、まさに直感の通りだった。係の人にチケットを見せながら聞いた。
係りの人が「ここのチケットはウエイティングチケットから、リストで確認しなきゃ駄目だよ」
まさに、悪夢。糞。記憶の片隅に地球の歩き方に書いてあったあれだ。くそ。背中に変な汗が滴るのが分かった。くそ。
アーグラーに延泊も視野にはいった。あわわわあ糞
ウエイテイングチケットとは、キャンセル待ちチケット。僕のチケットには147の数字が書いてあった。
この数字が示すのは、キャンセル待ちが僕の前に146人居るって事。まさに絶望的状況
ウエイテイングリストが数十枚プリントアウトされた掲示板を教えてもらった。見たがさっぱり要領を得ない。くそ。
僕は、嫌な汗しか掻かなくなってきた。内臓と脳がおかしくなりそうだった。
ヘルプデスクに行き聞いてみた。インド人爺が掲示板まで付いて来てくれた、「ペンを持ってるか」僕はペンを渡した。
僕のチケットにS-6/13と書いた。「日本人これで良いか?」爺は微笑みながらそう言った。僕は彼が神に見えた。ごめん嘘だ。
彼は去ろうとした。僕のペンを持ってだ。僕は、彼にペンを返して貰うべく、ペンを指差した。彼は、ばれちゃったと言わんばかりに笑いながら、ペンを返してくれた。
ほんとに助かった。S-6/13僕はこの番号を一生忘れることは、うん忘れるな。
インドの列車は遅れる。これがインドだ。インドとはインドだ。
21:10DEP マルダラEXP。1時間遅れるとのアナウンス。吐く息が白くなったホーム。1時間伸びるのはつらかったが、インドでは不思議といくらでも待つことが出来る。
チャイを飲みながら、待った。日本人男性が居た。僕らは、くだらない話をしながら待った。
彼のチケットを見せてもらったら、彼のチケットもウエイティングチケットだった。時間は22:00。未確認との事。曲者のウエイテイングチケット
僕は、彼と一緒にウエイテイングリストを糞重いバックパックを担いで小走りで確認しに行った。
やっぱりよく分からない、ヘルプデスクで聞いたが今回はポーターに聞いてくれって事だった。
彼のウエイティング番号は15番。僕の番号は147番。たぶん大丈夫な気がした。
列車到着5分前に、僕たちはホームに居た。やはり彼も大丈夫だった。彼はポーターに10ルピー支払い、列車の到着位置まで連れってもらった。
僕たちは、バラナシで再会することになるが、このときは名前すら知らない彼。
1時間遅れてきたマルダラEXP。初の寝台車。僕は3段ベットの中段に寝転がり、日記を書いていた。韓国人女性が隣のベットから視線を送ってくる。
ボアみたいな感じだった。出身を聞かれて日本と答えたら、お休みって言われた。たぶん、僕が韓国人ぽかったからかな。
この日は、列車箔。結局3時間も寝れなかった。やれやれ、明日はこの旅のメイン、バラナシだってのに。くそ
今日の予定を考えながら、中庭でチャイとトマトチーズサンドイッチを食べた。プラスチックの赤いコカコーラって書かれたテーブルで食べた。
陽の差し来む中庭では、インド人が談笑している。ああ、ぼくは紛れもなくインドに来ているって思った。なにか、映画のワンシーンの中にいるような気もした。
ああ、こりゃ自分に酔ってんなって客観的にそう思った。あー恥ずかしいったらありゃしねー。
今日の予定は、列車のチケットを取る。ATMで予想外になくなって列車のチケットすら買えそうも無い持ち金を補充する。
ネットカフェで列車のダイヤを調べる。エアメールを出す。洗濯する。こんな予定。
日本の感覚で駅前向かって歩いた。
インドはきっと違う。違った確実に。駅前が発展してはいない。必ずだった。
僕は、ネットカフェもATMも無い駅前にうんざりしながら、駅で時刻表を確認した。たぶんこの列車なのだろうがよくわからん。
チケット買うお金も無い。くそ
次に目星をつけたのが、高級ホテル街。この日も僕は歩く。歩く。
しかし、僕の頭の中では、ああATMが見つからなかったら一生インドから出国することができないんじゃないかって妄想が広がってきた。
ガイドブックにすら記入されていないATM。歩く距離が増えるごとに少しずつ絶望感が高まっていった。
くそ。何のための携帯だ。何のためのネットカフェだ。僕は、最悪ネットカフェがあれば何とかなるって思いながら歩いた。
僕は、写真すら取ることを忘れて歩いた。我武者羅に何も口にするのを忘れて歩いた。その日は珍しく暑かった。
高まりつつある、喪失感と絶望感。ああ、僕はインドでインドで。くそくそあわわわぁぁぁ。
リクシャーに八つ当たりとも取れる罵声を僕は浴びせた。おかげで、僕の中に更なる感情が芽生えた。あぁあぁぁわあわわああがががががあぁぁ
ん!あれ?メインロードのThe Mailに車が走らなくなった。自転車すらだ。僕は何か嫌な予感がした。もしや、暴動か何かか?
もう、僕の精神状態はインドの河より混沌としてきた。たぶん、何か天中殺と厄日と大殺界が一緒に来たような感じ。僕は、インドが嫌いになった。
静まり返ったメインロード。僕は、端っこをこっそり歩く、交差点で道路を封鎖している警官。封鎖のため行き場がなくなったインド人達。
ぼくは、警官に怒鳴られて封鎖されているところまで走った。インド人の手招きに答えるように小屋の中に入った。
英語が出来れば状況を聞くことが出来るんだけど、僕は状況を見つめるしかなかった。
どのくらいだろう、僕たちはしばらく佇んでいた。封鎖された道を走る、軍あるいは警察の車両。そして、それは簡単に封鎖が解かれた。
いったいなんだったのか分からない。結局、2回ほど封鎖されるメインロードに遭遇した。
今日はきっと厄日だ。たぶん、呪われた日だ。くそ。くそ。大して暑くもないのに、背中に汗を掻いていた。あわわわ。
インドに帰化するの巻き。
インドでは、毎日歩きながらいろんな妄想が広がった。むしろ、妄想しかしてなかったな。妄想の旅。股旅。靴下。
この日の妄想は、地球の終わりを連想させた。くそ。ATMが見つからないってだけなのに
妄想しながら歩く僕。ん!Internetの文字。うんこー。あるやんけー。くそうんこ。マジうんこ。いいぞ俺うんこ。
入った、ネットカフェでは日本語が出来なかった。きっと、ほかにもあるって確信した僕は、水を得た魚。
いや、プロテインを飲んだみつはたしかり、がんがん勇気がわいてきた。くそ。おれ簡単だな。ん!Citi Bank発見!
はー、まじ俺マジ俺わわわ。うんこここここここ
よく使い方の分からないATMに四苦八苦しながら7000ルピーGet。はー、やっぱ金です。ほんとこの時そう思った。拝金主義になろう
ネットカフェも、難なく見つかり、インド人に覗かれながら、列車のダイヤは分からなかったが、必要な情報は何とか手に入った。
翌朝は起きたらすでに疲れていた。どうやら、インドに来て歩きすぎのようだ。くそ。欧米人の声で目覚める。くそ寒い朝に
夜は、寒くて厚手の毛布1枚しかないベッドでは、寒くて夜中に起きる。日中はTシャツで問題なし。こりゃ風邪引くなって思った。
案の定、僕はインドで3日風邪でダウンした。
今日の予定を立てるべく、中庭のテーブルで地球の歩きかたを見ていると「日本の方ですか?」
オオイシさん。確か38歳の男性だった。今日アーグラーに着いて、ホテルを探しているとの事だった。
僕と同じで、チェックアウトがまだ済んでいないから暫くチャイでも飲みながら待っとけって事だったらしい。
僕と、オオイシさんはお互いの情報を交換した。僕は、列車のチケットの取り方とを聞いた。僕は、アーグラーについていろいろ話した。
オオイシさんの話では、寝台車は毛布が無いと、寒くて寝れないって話だった。僕は、今日の予定に毛布を購入するのを付け加えた。
僕は、チャイとトマトチーズサンドイッチを食べ、今日の予定のトレインチケットと毛布とエアメイルを出すべく歩いた。
出掛けに、ホテルの支配人にナマステと言って、行き先を伝えたら道を教えてくれた。
僕は知っていたが、ありがとうと言って手を合わせた。
午前中の街は良い。みんな、昼の営業に向けて準備中。客なんかに構っている暇は無いっと言った感じで、僕に話しかけてこない。
インドらしからぬ状況が新鮮だった。
アーグラーフォート駅のリザベーションオフィスで、昨夜電子辞書と格闘しながら書いた紙を、係りのインド人に差し出す。
相変わらずナニ言ってるか判らない。僕の英語力には糠に糠といった所か
何とかチケットは購入できた。列車の時間が、僕の調べた6時発ではなくて夜21時になっていたが。まあ、何とかなるだろう。
ブランケットを探すべく、駅周辺のバザールをうろついた。
アーグラー駅周辺は、布の店が多い。ジーパン・Tシャツ・サリー・布団・スカーフ・シーツ。西日暮里か!って思った。
くそ、インドで西日暮里。僕の泊まっているところは、さしずめ駒込といったところか。
くそ、こういう時、優柔不断はまったく困る。ぜんぜん決まらない。きまらなすぎておなかが減ってきた。しかも迷った。くそ。
ホットミルクの甘いやつと、ジャガイモ潰して揚げたやつを、食べた。ミルクスタンドみたいだった。
こんな、屋台がインドには死ぬほどある。僕は死ぬほどは食べなかったが
疲れたから、チャイ屋で一休み。なぜか、インド人に笑われてる。くそ。僕の視線で笑ってたインド人は黙った。くそ、何だってんだ。
いい加減面倒になった僕は、ブランケットのスモールサイズを140ルピーで購入した。日本円で500円と言ったところか。
もっと、交渉すればよかったと後で後悔。だって、きっとボラレテイルカラ
ホテルに帰ると、オーナーが「何買ったんだ?」「ん!ブランケットだよ」「俺にか。おおThank You」「あほか!やらーん」
ぼくと、オーナーは笑った。肩を組んで笑った。
コカコーラとボトルウォーターを買って帰ると、僕の部屋の前のテーブルに日本人女性が2人座っていた。たぶん関西の人だ。
ぼくは、苦手な気がしたので2、3言喋って屋上に登った。夕焼けが綺麗だった。空には凧が上がっていった。
10個ほど揚がっていた。僕は屋上で腕立て伏せとスクワットをした。インド人ホテルマンが僕を見て親指を立て笑ってた。
オオイシさんとホテルのレストランで1時間ほど食事をしながら話した。先出の関西人女性2人組みがやって来た。
オオイシさんが話しかけた。彼女たちも、僕たちと同じように転職のタイミングで旅をしているとの事だ。
彼女たちは、4ヶ月ほど海外を旅行していて、タイ・カンボジア・バリ・インドで終わる旅。僕と、オオイシさんは項垂れた。
女性の行動力には頭が下がる。オオイシさんが知り合った、映画監督でインドに招待された人と、ヨガを学びに4ヶ月インドにいる人も女性だと言っていた。
欧米人のドンちゃん騒ぎでその日は中々眠れなかった。あほか。早く寝ろ欧米人。
この日の朝は、糞が付くほど寒かった。しかも、喉が痛い。風邪を引いたかも知れないと。
ホットシャワーとは言いがたい微温湯でシャワーを浴びた。今日でアーグラーともおさらば。
体調が思わしく無い為、この日は体力温存日にしようと決めた。
今日の予定は、列車の時刻表を買う。昨日オオイシさんに聞いたタージマハルの元になった、何とかカンとか楼を見に行くの二点。
ブレックファーストを取り。ホテルをチェックアウト。オーナーが今日はどうするんだって聞いてきた。
僕は、21時の列車でバラナシに行くって言った。
荷物を置いていても良いよって言ってくれたが、僕は断った。だって、駅から遠いんだもんモン悶
ナマステって言って、僕はホテルを後にした。
糞、道に迷った。いや、間違えた。くそ。バックパックをしょった状態での遠回り。気が緩んでいたんじゃないかって糞。
駅で、チャイを飲んで一休み。30ルピーの列車の時刻表を買って。何とかカンとか楼へ向かった。
今にも壊れそうな橋をサイクルリクシャーで渡った。
芝生で寝転んで時刻表を読んだ。意味が解らなかった。インド人家族が僕の近くの芝生に座った。その家族の末っ子が話しかけてきた。
僕のカメラで家族の写真をとっていいかって。僕は、ちょっと迷ったが渡した。革ジャンが似合う何とか君に。
いろいろ話したが、すべて忘れた。くそ、僕の記憶力はアルツハイマー。なんだか、嫌になる。くそ。
小声で、写真とってやったから金くれって小声で言ってくる革ジャン。あーインド。僕は黙って首をゆっくり振った。
時間は15時。列車は21時くそ。僕は駅前のチャパティーとスープの屋台で食事をとる事にした。5ルピーだった。しかし、辛い。
隣に座っている黒褐色のインド人爺が笑ってる。日本人ってか、おれは辛いの無理やねんって言ってやりたがったが、わわわ
インド人爺、青唐辛子を勝手に取りナイフで切り中に塩を詰めだした。僕は、それを何気なく見ていた。店の親父に焼いてくれって言ってた。たぶん。
インド自由だなって思ってたら、焼いた青唐辛子を店の親父が僕に差し出した。意味が分からん。
ああ、あれかBARとかで、あのお客さんからってあれか?あれは、恋愛のきっかけじゃねーか!あほかって思った。
爺からも、食べろ日本人みたいな空気。くそ。っくそ。なんだこいつら、ふざけんなって思った。
ここで引いたら、大和魂が廃るって思っちまった僕は、きっとスパイスで脳がスパイシーになってたんじゃないかなって思う。
試しに、尻尾の部分をちょびっと、ホンノチョビット食べてみた。ん?辛くねーぞ?ん?
爺が「だろ、チャパティーに巻いて食ったらうまいぞ」って、たぶんそんな感じ。僕は、巻いて食べた。
馬鹿ですねインド人と僕。口の中がカオス。かおす。意味が分からん感情と口内。くそ。水が辛い。くそ。
顔中から滴り落ちる汗。僕のTシャツが見る見る汗ばんで行くのが分かった。
糞インド人笑ってんじゃねーって、思ったがそんな些細なことに構ってる余裕は、皆無。糞。
さすがに冗談が過ぎたのかと思ったかどうかは分からんが、黒褐色の爺がビニール袋から林檎の砂糖漬けの甘いやつを取り出して僕に進めた。
僕は、それを食べたがまったく収まりやしない。道の反対側からインド人が笑いながら見てる。くそ。時間にして10分ぐらいだろうか、そんなカオスな状態も治まった。
しらっとしている爺。チャイ飲むかって言われたが、ホットのチャイは僕の口には今は入れるべきではなかった。爺のおかげで
爺に別れを告げ、別の屋台に行った。チャイとサモサを食べ、しばらくぼけっとしてみた。列車の時間まで4時間は確実にある。糞。
僕は、プラットホームに向かいベンチがいっぱいだったから、輸送用荷物の木箱に座って本を読んだ。
プラットホームでは、犬とサルが喧嘩している。インドも犬猿の中らしい。
キオスクでチャイとチョコレートとヴィックスドロップ10個買い、ベンチで本を読んだ。夜になると寒くなってきた。
本を読むのも飽きてきた僕は、チケットに書いてあるシート番号の意味を推理してみた。デリーから来た時と何かが違う。
変な不安がよぎった。それは、まさに直感の通りだった。係の人にチケットを見せながら聞いた。
係りの人が「ここのチケットはウエイティングチケットから、リストで確認しなきゃ駄目だよ」
まさに、悪夢。糞。記憶の片隅に地球の歩き方に書いてあったあれだ。くそ。背中に変な汗が滴るのが分かった。くそ。
アーグラーに延泊も視野にはいった。あわわわあ糞
ウエイテイングチケットとは、キャンセル待ちチケット。僕のチケットには147の数字が書いてあった。
この数字が示すのは、キャンセル待ちが僕の前に146人居るって事。まさに絶望的状況
ウエイテイングリストが数十枚プリントアウトされた掲示板を教えてもらった。見たがさっぱり要領を得ない。くそ。
僕は、嫌な汗しか掻かなくなってきた。内臓と脳がおかしくなりそうだった。
ヘルプデスクに行き聞いてみた。インド人爺が掲示板まで付いて来てくれた、「ペンを持ってるか」僕はペンを渡した。
僕のチケットにS-6/13と書いた。「日本人これで良いか?」爺は微笑みながらそう言った。僕は彼が神に見えた。ごめん嘘だ。
彼は去ろうとした。僕のペンを持ってだ。僕は、彼にペンを返して貰うべく、ペンを指差した。彼は、ばれちゃったと言わんばかりに笑いながら、ペンを返してくれた。
ほんとに助かった。S-6/13僕はこの番号を一生忘れることは、うん忘れるな。
インドの列車は遅れる。これがインドだ。インドとはインドだ。
21:10DEP マルダラEXP。1時間遅れるとのアナウンス。吐く息が白くなったホーム。1時間伸びるのはつらかったが、インドでは不思議といくらでも待つことが出来る。
チャイを飲みながら、待った。日本人男性が居た。僕らは、くだらない話をしながら待った。
彼のチケットを見せてもらったら、彼のチケットもウエイティングチケットだった。時間は22:00。未確認との事。曲者のウエイテイングチケット
僕は、彼と一緒にウエイテイングリストを糞重いバックパックを担いで小走りで確認しに行った。
やっぱりよく分からない、ヘルプデスクで聞いたが今回はポーターに聞いてくれって事だった。
彼のウエイティング番号は15番。僕の番号は147番。たぶん大丈夫な気がした。
列車到着5分前に、僕たちはホームに居た。やはり彼も大丈夫だった。彼はポーターに10ルピー支払い、列車の到着位置まで連れってもらった。
僕たちは、バラナシで再会することになるが、このときは名前すら知らない彼。
1時間遅れてきたマルダラEXP。初の寝台車。僕は3段ベットの中段に寝転がり、日記を書いていた。韓国人女性が隣のベットから視線を送ってくる。
ボアみたいな感じだった。出身を聞かれて日本と答えたら、お休みって言われた。たぶん、僕が韓国人ぽかったからかな。
この日は、列車箔。結局3時間も寝れなかった。やれやれ、明日はこの旅のメイン、バラナシだってのに。くそ
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