インド日記 日本〜ニューデリー初日
その日の目覚めは最悪だった。
出発前日、壮行会いう名の飲み会を開いてもらった。プレゼントという名のやたらデカイシャア専用ザクをもらった。意外にうれしい
だが、インドには到底もって行ける筈が無い。
徹夜で作ろうかとも思ったが、帰国してから作る楽しみにし、友人に預ける
ああ、日本に帰ってきて僕はシャア専用ザクを作ることが出来るのだろうか?
そんなことを考えてみた。不毛だな
二次会で、駒込のワタミに行った。
僕は、重いバックパックとワンショルダーのバックを担いで。
ああ、これでしばらくはビールともお別れだなって、いっぱい飲んだ。
最後のビールはとても美味しかった。
さあ、時間は午前3時。僕と、3人の仲間。2人は仕事で疲れていたのだろう
深い夢の世界に入っていった。僕と、友人は、くだらない話で山手線の始発までの時間を浪費した
始発が始まる時間。僕らは駒込のワタミを後にした。やけに、寒い2月の朝。こんな朝ともしばらくはお別れだって、柄にも無く感傷的になった朝だった。
僕と友人は漫画喫茶へ向かった。僕の飛行機は、12時成田発だった。時間を浪費するためと、わずかな睡眠を貪る為に、無駄なお金を浪費した。
朝8時。無駄に疲れた体と、気だるい脳を漫画喫茶のシャワーは目覚めさせてはくれなかった。結果的に熱いシャワーを浴びることは、これが最後になってしまう結果になった。
日暮里から乗った京成スカイライナーは、僕の心をワクワクとはさせてはくれなかった。
たぶん、インドに対して恐れていたんだと思う。ちっともワクワクしない京成スカイライナーの車内で、僕は太陽と町並みを見ながら、ああ明日にはこの景色は遥か彼方になってしまうんだなってやけに感傷的になる。
きっと、彼女も旅行者だろう。パックパックとドコモのレンタル携帯。後で気づいたんだが、彼女もインドに居た。シンクロニシティーだろうか?なぜか、彼女は鼻血を出していた。
もしかしたら、インドに興奮していたんだろうか?そんなことは、僕の知る由ではなかった。
成田空港。きっと僕は初めて来た。だって、初海外旅行だからね。なんか、緊張するな。友人二人から、激励の電話。目頭が熱くなった。
デューティーフリーショップで、ウイスキー響の小瓶を買いエアインディアに乗る。
サリーを着たアテンダントは、日本のそれとは違っておばちゃんだった。
おばあさんに近いかもしれない。機内はインドの匂いがした。機内のキャビンは白いガムテープで止められていた。あぁ、僕は日本に帰ってこられるかどうかが不安になった。
くそ、インドに早くもやられてる気がした。ああ、インド人アテンダントがココナッツのスプレーを振りまいている。ああ、インド。どうなっているインド。くそ、僕はインドにいくんだろうか?やれやれ、ああ、くそ早くも空の上だ
機内食はインド食だった。くそ、辛いっちゅーねん!ぼくは、すでにインドで1ヶ月暮せる自身が早くもなくなった。機内で、第一関門の入国審査の予習をし、一人でのロールプレイング。後ろの女子大生二人組みがうらやましかった。彼女たちは、きっと英語なんてペラペラに違いない。女子大生二人組みは、日本の旅行のそれに似た楽しげな
会話を繰り広げていた。くそ。ああー、日本が離れていく。くそくそ。
たぶん、劣等感だ。コンプレックス。くそ
僕の乗った飛行機は、定刻を大分過ぎてニューデリーにあるインディラ・ガンディー国際空港に降り立った。
着陸する直前の、窓から見るインドの町並みは僕の心を締め付けた。
「ああ、おれホントやっちゃったかも知れない」純粋にそう思った。
「ああ、インドも自動車走ってるんだ」
「ああ、ビルがインドにもあるんだ」
「ああ、印度も夜景があるんだ。しょぼい夜景が・・・・」
僕の、インドに対する認識の甘さが、さらに僕を締め付けた。くそ。
着く前からインドにやられている。くそ。
降り立った、空港の入国審査は一言も交わすことなく難無く終了。
降り立った、国際空港は日本の新宿にある汚い雑居ビルを連想させる。
両替を済ませ、降り立ったインドには雨が降っていた。
僕の、インド初日は雨だった。
旅行者を出迎えるインド人の視線を掻い潜り、初めて目にするインド。
僕は、愕然とした。早くも、一泊目の日本から予約したホテルに移動するを断念しそうになる状況。
タクシーはあるが、インド人運転手だ。当たり前だが、ここはインド。日本ではない。
とりあえずバスで移動したいのだが、どれに乗ったらいいのかわからない。
書いてある行き先は、ヒンドゥー語。当たり前だが読めない。早くも日本に帰りたくなった。
手招きする、インド人爺。呼ばれるがままに。「行き先は」「コンノートプレイス」
「ああ、行くから乗れ日本人」「幾ら」「50ルピーだ」「OK」
的なやり取り。僕の英語力が中3ぐらいだったら、まともな会話になっていたんだろうが
絶命的な僕の英語力では、こんな会話じゃないかなって推測にしか過ぎないが。
50ルピー支払い、バスに乗り込む。中のインド人の白い目と白い歯で、東洋人を串刺しにする。
好奇の目で見られている僕は、インド時間の20時ということもあり慢心創痍の体には跳ね返す気力がなかった。
「ああ、もう勝手に見てくれ」「どうにでもなれ。くそ」
それでも、写真は撮ったが
たぶん、インド人ビジネスマンだろう。PCを揺れるバスの車内で器用に打つインド人。
大声で携帯電話を話すインド人。しまらない乗降口のドア。隙間風が入ってくる窓。
インド人の怒号と、唸りくるクラクションの嵐。
僕は、間違いなくインドに居た。ああ、着ちゃったインド。
今にも壊れそうなバスは、エンジン全快でぶっ飛ばす。たぶん80キロぐらい出てるんじゃ
ないだろうか?オートリクシャーと、バイクと、タクシーの洪水の道は今にも事故が
起こりそうだったが、彼らは何も気にせずエンジンの全快でぶっ飛ばす。
おかげで、座席から30センチぐらい吹っ飛ぶ。僕の、奇声を笑うインド人たち。
ああ、インド人。意外ににフレンドリーか?
大きな駅に着く。恐る恐るインド人に、「すいません。ここは、ニューデリーですか?」
「ああ、ニューデリーはもっと先だ」たぶんこんな会話。
「どっからきた韓国か?」「いや、日本だよ」「おお、いい国だな」
英語を帰国したら勉強しようとホントに、この旅で思った。
車掌のインド人に言われるがまま、とある道に降り立った。一緒に降りた日本人は
さっさっとインドの町並みに消えていった。
きっと、みんな僕と同じように他の日本人に構っている余裕なんてないんだ。
多分に漏れず、僕だって自分の事で精一杯だった。
知らない街に、分からない言葉。闇の中で見え隠れする目と、やたら白い歯のインド人。
怒号と、クラクションの洪水の町並み。間違いなく僕はインドに飲まれていた。
ああ、僕はいったいこれからどうなるんだろう?
地球の歩き方を片手に、方角も分からず闇雲に歩いてみた。
きっと、ニューデリー駅が近いって妄想の元に。
ちっぽけな勇気を振り絞って、身なりの良さそうなインド人を選んで話しかけてみた。
「すいません、ニューデリー駅か、コンノートプレイスはどこですか?」
やっぱり、僕の英語はまったく通じない。地図を見せてここに行きたいんだって身振り手振りで。
「歩いていくのか?リクシャーか?」「歩いて」「OK。じゃあ、この通りをまっすぐ行って
初めの角で右に曲がって、まっすぐ行って右に曲がって・・・・」
僕の脳みそで覚えきることは、日本海溝を巣もぐりで潜水するより難しかった。
「OKありがとう。じゃあ、行ってみるよ」
彼の指差す方向へ歩いてみた。右に曲がってみた。どうやら、すでに迷った気がした。
あぁ。1000年たっても僕の足と脳みそじゃ、たどり着く気がしなくなった。
初の、オートリクシャーで行くしかないと決断した。せざるを得なかったと言ったほうが正しい。
僕の萎えそうな勇気を最大限に振り絞り、最後の残り粕まで総動員してターバンを巻いた
インド人リクシャー運転手に話しかけた。(リクシャーってのは、3輪自動車のタクシー的な交通期間なんです)
「地図を片手にここ行きたいんだ。」「目が悪いから読めないよ」「ああ、ホテルアジャンタに行きたいんだ」
「OKアジャンタ知ってる知ってる。さあ、後ろのシートに乗りな。お前、韓国人か?」
「いや、日本人だ」「いい国だな」みたいなやり取り。多分ね
「いくらで行くんだ?」「1ダラ」「え!1ドル」「1ダラ」「ん!1ダラ」「ノー。1ダラ」
さっぱり要領を得ない僕たちの会話は、1万年と2千年平行線をたどりそうだった。
紙に書いてもらった。どうやら、100ルピー。日本円で300円。僕の体力はプライスレス。
すぐにでもベットにつっぷしなければ、明日からの朝日が迎えられそうもない糞身体。
高いのか、安いのかさえ分からないが、一刻も早くホテルで休まなければと、その行為が義務化している以上、僕は彼の奴隷だった。
「OK。レッツゴウ」言い回しが合ってるかどうかは別にして、甲高いエンジン音と共に
混乱と混沌と化した交通事情の街中に向かって走り出したリクシャー。
逆走する僕らのリクシャー、歩道を走る僕らのリクシャー、クラクションは鳴りっぱなしの僕らのリクシャー。インド人の怒号。
僕の脳は、思考を停止することを選択していたんだと思う。ギリギリのラインで。
「日本人。俺の知っているホテルがあるんだがそっちに行かないか?」
僕は、地球の歩き方の通り1泊目のホテルを、日本の代理店で予約していた。
「行かない。ホテルアジャンタに行ってくれ」「見るだけでいいんだ」
くそ。僕はリクシャーを止めて降りるそぶりを見せた。
彼は「OK。レッツゴウ、ホテルアジャンタ」
僕は、インドでやっていける気がしなくなった。
通りすがりに、「このホテルが俺の知ってるホテルだよ。」今夜のホテルがこのホテルになるとは、このときの僕は1ミクロンも知る由もなかった。
ホテルアジャンタ到着。僕は、日本でプリントアウトしたA4用紙を片手にフロントに向かった。
1階のレストランでは、欧米人が旨そうに楽しそうにディナーを食っていた。やけにうらやましく思った。
僕は、昼の機内食以来何も口にしていない。
フロントのインド人の英語は、僕にはさっぱり分からなかったが、取り合えずこの椅子に座って待っとけって事だった。なんだか良くわからんが、既に座っていたインド人女性をどかして「さあ、日本人さん此処にお掛けください」ほんと、なんだかよくは理解できなかったが
どうやら、ヘルプデスクみたいだった。手持ち無沙汰な僕は、読めもしない英語で書かれたインドのガイドブックをペラペラめくった。何もおきやしなかった。先出のインド人女性が物陰から僕を見ていた。別のインド人は「OK日本人、リラックスして待っててくれ」
やれやれ。
しばらく、周りを眺めながら待つこと15分。日本人さあ、外に出てくれ。ん?
何いってんだ?このインド人!ああ、別館とか在るのか。そうかそうか…
僕は、日本的にまだ平和簿ボケしていたって事を、この後知ることにになるが、まだこの時の僕は何もインドという国を分かっちゃいなかった。
ん?さっきのリクシャー運転手がニコニコしながら、僕を手招きする。ん?
僕は、疲れていてるからこれって妄想なんじゃないかなって思った。
ああ、これが俗に言う白昼夢か。ああ、さすがインド日本じゃできない体験ができるじゃないか!
ああ、インド、インドって、インドだよな、ああぁぁぁぁ・・・・・
僕は、言われるがままリクシャーに乗った。闇を疾走しながら、親父が話しかけてくる。僕は、半ば放心しながら
親父の言っていることなんって半分以上理解もできず、ただ頷いていた。項垂れていたって言ったほうが正しい気がする。
深夜のデリーを疾走するリクシャー。逆送する親父。飛びかう怒号とクラクションの洪水。
歩道を疾走する親父。僅か5センチの隙間で走りあっているリクシャーと自転車と車。
この国の交通事情はまさに混沌と混乱。インド人は馬鹿なんじゃないかなって思った
ああ、このまま僕は事故に合い、サンケイスポーツの最終面に3行の記事で僕の人生は終わるんじゃないかって気がした。僕の手は、手すりを力の限り握り、その手は汗ばんでいた。
気づいた時には、この親父が進めていたホテルの前に止まっていた。
にっこり笑う親父。「さあ、行こうじゃないか」僕の脳は、ストップ寸前だった。
何だこれ。地球の歩き方に書いてある感じのトラブルと似てるじゃないか。
ああ、僕はどうやら何かに嵌められている事をようやく悟った。もはや、笑うしかなかった。
僕は、ホテルを指差して、親父を見て笑った。親父も笑っていた。
僕は大きな声で「さあ、行こうぜ親父」って、言いながら元気良くホテルに入っていった。
さあ、開き直った僕は、矢が降ろうがウンコが降ろうが最早関係ない。ああ、何でもいいから早くしろ糞印度人
親父がホテルのフロントに紙片を渡す。目を細めながら見る、目つきの鋭いインド人。
「OK日本人、パスポート見してくれ」僕は、パスポートを渡しフロントに掛かってある時計と僕の腕時計を合わせた。日本時間で午前0時。やれやれ。
僕の腕時計を覗き込み、外国人特有の、あの動きをする親父。僕も釣られてあの動きをする。
「その時計いくら」「僕は、ああ100万ルピーだって」言った。日本円で300万円。まったくもって嘘だが、彼はびっくりしていた。
ああ、僕はどうやらインドに来ているらしいとこんな所で実感した。
難なく、チェックイン。笑顔で去る親父。ああ、僕はホントにインドに来ているらしい。ああぁぁ・・・
ボーイに部屋まで案内され、ワインとビールと水とチャイとトイレットペーパーを進められたが、断った。
なんかあれば呼んでくれって事だったが、絶対呼ぶかって僕はすでにインド人が嫌いになっていた。
ベッドに突っ伏する僕。とりあえず、テレヴィジョンをつけて見た。やはり、ヒンドゥー語。
ぼくは、紛れもなくインドに来ている。一人ぼっちのホテルの部屋。見知らぬ土地に来て一人になるとなんとも言い難い感情が僕を支配した。たとえ、それが嫌いなインド人が居れば、それは起こりえなかった感情だ。どうやら、僕の脳は限界を過ぎていたのかもしれない。
ただ、お腹が減りすぎていたのかもしれない。だって、昼飯らしき機内食しか食べてないから。
くそ。そんなこと考えたって外に出なきゃ何も得られないのは、わかっている。くそくそ
ぼくは、疲れた体で重い足を引きずりながら深夜のインド繰り出した。
ああ、インド。震度じゃない。印度。薄暗い町並み。クレイジィーな交通状態のカオスな街並み
砂埃と排気ガスで汚れた空気。ああ、印度。マリファナか飲酒で酩酊状態の欧米人が車に絡んでいる
ああ、印度。僕はどうなるんだろうってうなだれてみた。ああ、やるしかない。ああ、やってやるよって
ちっぽけな勇気を振り絞ってコカコーラとボトルウォーターを買った。確か35ルピー。想像より高かった
ホテルに帰り。僕は、睡眠をむさぼった。夢の中では日本のよくある日常が繰り返しリフレインしていた。
2日目に続くぜ
出発前日、壮行会いう名の飲み会を開いてもらった。プレゼントという名のやたらデカイシャア専用ザクをもらった。意外にうれしい
だが、インドには到底もって行ける筈が無い。
徹夜で作ろうかとも思ったが、帰国してから作る楽しみにし、友人に預ける
ああ、日本に帰ってきて僕はシャア専用ザクを作ることが出来るのだろうか?
そんなことを考えてみた。不毛だな
二次会で、駒込のワタミに行った。
僕は、重いバックパックとワンショルダーのバックを担いで。
ああ、これでしばらくはビールともお別れだなって、いっぱい飲んだ。
最後のビールはとても美味しかった。
さあ、時間は午前3時。僕と、3人の仲間。2人は仕事で疲れていたのだろう
深い夢の世界に入っていった。僕と、友人は、くだらない話で山手線の始発までの時間を浪費した
始発が始まる時間。僕らは駒込のワタミを後にした。やけに、寒い2月の朝。こんな朝ともしばらくはお別れだって、柄にも無く感傷的になった朝だった。
僕と友人は漫画喫茶へ向かった。僕の飛行機は、12時成田発だった。時間を浪費するためと、わずかな睡眠を貪る為に、無駄なお金を浪費した。
朝8時。無駄に疲れた体と、気だるい脳を漫画喫茶のシャワーは目覚めさせてはくれなかった。結果的に熱いシャワーを浴びることは、これが最後になってしまう結果になった。
日暮里から乗った京成スカイライナーは、僕の心をワクワクとはさせてはくれなかった。
たぶん、インドに対して恐れていたんだと思う。ちっともワクワクしない京成スカイライナーの車内で、僕は太陽と町並みを見ながら、ああ明日にはこの景色は遥か彼方になってしまうんだなってやけに感傷的になる。
きっと、彼女も旅行者だろう。パックパックとドコモのレンタル携帯。後で気づいたんだが、彼女もインドに居た。シンクロニシティーだろうか?なぜか、彼女は鼻血を出していた。
もしかしたら、インドに興奮していたんだろうか?そんなことは、僕の知る由ではなかった。
成田空港。きっと僕は初めて来た。だって、初海外旅行だからね。なんか、緊張するな。友人二人から、激励の電話。目頭が熱くなった。
デューティーフリーショップで、ウイスキー響の小瓶を買いエアインディアに乗る。
サリーを着たアテンダントは、日本のそれとは違っておばちゃんだった。
おばあさんに近いかもしれない。機内はインドの匂いがした。機内のキャビンは白いガムテープで止められていた。あぁ、僕は日本に帰ってこられるかどうかが不安になった。
くそ、インドに早くもやられてる気がした。ああ、インド人アテンダントがココナッツのスプレーを振りまいている。ああ、インド。どうなっているインド。くそ、僕はインドにいくんだろうか?やれやれ、ああ、くそ早くも空の上だ
機内食はインド食だった。くそ、辛いっちゅーねん!ぼくは、すでにインドで1ヶ月暮せる自身が早くもなくなった。機内で、第一関門の入国審査の予習をし、一人でのロールプレイング。後ろの女子大生二人組みがうらやましかった。彼女たちは、きっと英語なんてペラペラに違いない。女子大生二人組みは、日本の旅行のそれに似た楽しげな
会話を繰り広げていた。くそ。ああー、日本が離れていく。くそくそ。
たぶん、劣等感だ。コンプレックス。くそ
僕の乗った飛行機は、定刻を大分過ぎてニューデリーにあるインディラ・ガンディー国際空港に降り立った。
着陸する直前の、窓から見るインドの町並みは僕の心を締め付けた。
「ああ、おれホントやっちゃったかも知れない」純粋にそう思った。
「ああ、インドも自動車走ってるんだ」
「ああ、ビルがインドにもあるんだ」
「ああ、印度も夜景があるんだ。しょぼい夜景が・・・・」
僕の、インドに対する認識の甘さが、さらに僕を締め付けた。くそ。
着く前からインドにやられている。くそ。
降り立った、空港の入国審査は一言も交わすことなく難無く終了。
降り立った、国際空港は日本の新宿にある汚い雑居ビルを連想させる。
両替を済ませ、降り立ったインドには雨が降っていた。
僕の、インド初日は雨だった。
旅行者を出迎えるインド人の視線を掻い潜り、初めて目にするインド。
僕は、愕然とした。早くも、一泊目の日本から予約したホテルに移動するを断念しそうになる状況。
タクシーはあるが、インド人運転手だ。当たり前だが、ここはインド。日本ではない。
とりあえずバスで移動したいのだが、どれに乗ったらいいのかわからない。
書いてある行き先は、ヒンドゥー語。当たり前だが読めない。早くも日本に帰りたくなった。
手招きする、インド人爺。呼ばれるがままに。「行き先は」「コンノートプレイス」
「ああ、行くから乗れ日本人」「幾ら」「50ルピーだ」「OK」
的なやり取り。僕の英語力が中3ぐらいだったら、まともな会話になっていたんだろうが
絶命的な僕の英語力では、こんな会話じゃないかなって推測にしか過ぎないが。
50ルピー支払い、バスに乗り込む。中のインド人の白い目と白い歯で、東洋人を串刺しにする。
好奇の目で見られている僕は、インド時間の20時ということもあり慢心創痍の体には跳ね返す気力がなかった。
「ああ、もう勝手に見てくれ」「どうにでもなれ。くそ」
それでも、写真は撮ったが
たぶん、インド人ビジネスマンだろう。PCを揺れるバスの車内で器用に打つインド人。
大声で携帯電話を話すインド人。しまらない乗降口のドア。隙間風が入ってくる窓。
インド人の怒号と、唸りくるクラクションの嵐。
僕は、間違いなくインドに居た。ああ、着ちゃったインド。
今にも壊れそうなバスは、エンジン全快でぶっ飛ばす。たぶん80キロぐらい出てるんじゃ
ないだろうか?オートリクシャーと、バイクと、タクシーの洪水の道は今にも事故が
起こりそうだったが、彼らは何も気にせずエンジンの全快でぶっ飛ばす。
おかげで、座席から30センチぐらい吹っ飛ぶ。僕の、奇声を笑うインド人たち。
ああ、インド人。意外ににフレンドリーか?
大きな駅に着く。恐る恐るインド人に、「すいません。ここは、ニューデリーですか?」
「ああ、ニューデリーはもっと先だ」たぶんこんな会話。
「どっからきた韓国か?」「いや、日本だよ」「おお、いい国だな」
英語を帰国したら勉強しようとホントに、この旅で思った。
車掌のインド人に言われるがまま、とある道に降り立った。一緒に降りた日本人は
さっさっとインドの町並みに消えていった。
きっと、みんな僕と同じように他の日本人に構っている余裕なんてないんだ。
多分に漏れず、僕だって自分の事で精一杯だった。
知らない街に、分からない言葉。闇の中で見え隠れする目と、やたら白い歯のインド人。
怒号と、クラクションの洪水の町並み。間違いなく僕はインドに飲まれていた。
ああ、僕はいったいこれからどうなるんだろう?
地球の歩き方を片手に、方角も分からず闇雲に歩いてみた。
きっと、ニューデリー駅が近いって妄想の元に。
ちっぽけな勇気を振り絞って、身なりの良さそうなインド人を選んで話しかけてみた。
「すいません、ニューデリー駅か、コンノートプレイスはどこですか?」
やっぱり、僕の英語はまったく通じない。地図を見せてここに行きたいんだって身振り手振りで。
「歩いていくのか?リクシャーか?」「歩いて」「OK。じゃあ、この通りをまっすぐ行って
初めの角で右に曲がって、まっすぐ行って右に曲がって・・・・」
僕の脳みそで覚えきることは、日本海溝を巣もぐりで潜水するより難しかった。
「OKありがとう。じゃあ、行ってみるよ」
彼の指差す方向へ歩いてみた。右に曲がってみた。どうやら、すでに迷った気がした。
あぁ。1000年たっても僕の足と脳みそじゃ、たどり着く気がしなくなった。
初の、オートリクシャーで行くしかないと決断した。せざるを得なかったと言ったほうが正しい。
僕の萎えそうな勇気を最大限に振り絞り、最後の残り粕まで総動員してターバンを巻いた
インド人リクシャー運転手に話しかけた。(リクシャーってのは、3輪自動車のタクシー的な交通期間なんです)
「地図を片手にここ行きたいんだ。」「目が悪いから読めないよ」「ああ、ホテルアジャンタに行きたいんだ」
「OKアジャンタ知ってる知ってる。さあ、後ろのシートに乗りな。お前、韓国人か?」
「いや、日本人だ」「いい国だな」みたいなやり取り。多分ね
「いくらで行くんだ?」「1ダラ」「え!1ドル」「1ダラ」「ん!1ダラ」「ノー。1ダラ」
さっぱり要領を得ない僕たちの会話は、1万年と2千年平行線をたどりそうだった。
紙に書いてもらった。どうやら、100ルピー。日本円で300円。僕の体力はプライスレス。
すぐにでもベットにつっぷしなければ、明日からの朝日が迎えられそうもない糞身体。
高いのか、安いのかさえ分からないが、一刻も早くホテルで休まなければと、その行為が義務化している以上、僕は彼の奴隷だった。
「OK。レッツゴウ」言い回しが合ってるかどうかは別にして、甲高いエンジン音と共に
混乱と混沌と化した交通事情の街中に向かって走り出したリクシャー。
逆走する僕らのリクシャー、歩道を走る僕らのリクシャー、クラクションは鳴りっぱなしの僕らのリクシャー。インド人の怒号。
僕の脳は、思考を停止することを選択していたんだと思う。ギリギリのラインで。
「日本人。俺の知っているホテルがあるんだがそっちに行かないか?」
僕は、地球の歩き方の通り1泊目のホテルを、日本の代理店で予約していた。
「行かない。ホテルアジャンタに行ってくれ」「見るだけでいいんだ」
くそ。僕はリクシャーを止めて降りるそぶりを見せた。
彼は「OK。レッツゴウ、ホテルアジャンタ」
僕は、インドでやっていける気がしなくなった。
通りすがりに、「このホテルが俺の知ってるホテルだよ。」今夜のホテルがこのホテルになるとは、このときの僕は1ミクロンも知る由もなかった。
ホテルアジャンタ到着。僕は、日本でプリントアウトしたA4用紙を片手にフロントに向かった。
1階のレストランでは、欧米人が旨そうに楽しそうにディナーを食っていた。やけにうらやましく思った。
僕は、昼の機内食以来何も口にしていない。
フロントのインド人の英語は、僕にはさっぱり分からなかったが、取り合えずこの椅子に座って待っとけって事だった。なんだか良くわからんが、既に座っていたインド人女性をどかして「さあ、日本人さん此処にお掛けください」ほんと、なんだかよくは理解できなかったが
どうやら、ヘルプデスクみたいだった。手持ち無沙汰な僕は、読めもしない英語で書かれたインドのガイドブックをペラペラめくった。何もおきやしなかった。先出のインド人女性が物陰から僕を見ていた。別のインド人は「OK日本人、リラックスして待っててくれ」
やれやれ。
しばらく、周りを眺めながら待つこと15分。日本人さあ、外に出てくれ。ん?
何いってんだ?このインド人!ああ、別館とか在るのか。そうかそうか…
僕は、日本的にまだ平和簿ボケしていたって事を、この後知ることにになるが、まだこの時の僕は何もインドという国を分かっちゃいなかった。
ん?さっきのリクシャー運転手がニコニコしながら、僕を手招きする。ん?
僕は、疲れていてるからこれって妄想なんじゃないかなって思った。
ああ、これが俗に言う白昼夢か。ああ、さすがインド日本じゃできない体験ができるじゃないか!
ああ、インド、インドって、インドだよな、ああぁぁぁぁ・・・・・
僕は、言われるがままリクシャーに乗った。闇を疾走しながら、親父が話しかけてくる。僕は、半ば放心しながら
親父の言っていることなんって半分以上理解もできず、ただ頷いていた。項垂れていたって言ったほうが正しい気がする。
深夜のデリーを疾走するリクシャー。逆送する親父。飛びかう怒号とクラクションの洪水。
歩道を疾走する親父。僅か5センチの隙間で走りあっているリクシャーと自転車と車。
この国の交通事情はまさに混沌と混乱。インド人は馬鹿なんじゃないかなって思った
ああ、このまま僕は事故に合い、サンケイスポーツの最終面に3行の記事で僕の人生は終わるんじゃないかって気がした。僕の手は、手すりを力の限り握り、その手は汗ばんでいた。
気づいた時には、この親父が進めていたホテルの前に止まっていた。
にっこり笑う親父。「さあ、行こうじゃないか」僕の脳は、ストップ寸前だった。
何だこれ。地球の歩き方に書いてある感じのトラブルと似てるじゃないか。
ああ、僕はどうやら何かに嵌められている事をようやく悟った。もはや、笑うしかなかった。
僕は、ホテルを指差して、親父を見て笑った。親父も笑っていた。
僕は大きな声で「さあ、行こうぜ親父」って、言いながら元気良くホテルに入っていった。
さあ、開き直った僕は、矢が降ろうがウンコが降ろうが最早関係ない。ああ、何でもいいから早くしろ糞印度人
親父がホテルのフロントに紙片を渡す。目を細めながら見る、目つきの鋭いインド人。
「OK日本人、パスポート見してくれ」僕は、パスポートを渡しフロントに掛かってある時計と僕の腕時計を合わせた。日本時間で午前0時。やれやれ。
僕の腕時計を覗き込み、外国人特有の、あの動きをする親父。僕も釣られてあの動きをする。
「その時計いくら」「僕は、ああ100万ルピーだって」言った。日本円で300万円。まったくもって嘘だが、彼はびっくりしていた。
ああ、僕はどうやらインドに来ているらしいとこんな所で実感した。
難なく、チェックイン。笑顔で去る親父。ああ、僕はホントにインドに来ているらしい。ああぁぁ・・・
ボーイに部屋まで案内され、ワインとビールと水とチャイとトイレットペーパーを進められたが、断った。
なんかあれば呼んでくれって事だったが、絶対呼ぶかって僕はすでにインド人が嫌いになっていた。
ベッドに突っ伏する僕。とりあえず、テレヴィジョンをつけて見た。やはり、ヒンドゥー語。
ぼくは、紛れもなくインドに来ている。一人ぼっちのホテルの部屋。見知らぬ土地に来て一人になるとなんとも言い難い感情が僕を支配した。たとえ、それが嫌いなインド人が居れば、それは起こりえなかった感情だ。どうやら、僕の脳は限界を過ぎていたのかもしれない。
ただ、お腹が減りすぎていたのかもしれない。だって、昼飯らしき機内食しか食べてないから。
くそ。そんなこと考えたって外に出なきゃ何も得られないのは、わかっている。くそくそ
ぼくは、疲れた体で重い足を引きずりながら深夜のインド繰り出した。
ああ、インド。震度じゃない。印度。薄暗い町並み。クレイジィーな交通状態のカオスな街並み
砂埃と排気ガスで汚れた空気。ああ、印度。マリファナか飲酒で酩酊状態の欧米人が車に絡んでいる
ああ、印度。僕はどうなるんだろうってうなだれてみた。ああ、やるしかない。ああ、やってやるよって
ちっぽけな勇気を振り絞ってコカコーラとボトルウォーターを買った。確か35ルピー。想像より高かった
ホテルに帰り。僕は、睡眠をむさぼった。夢の中では日本のよくある日常が繰り返しリフレインしていた。
2日目に続くぜ
インド日記 ニューデリー2月3日〜2月4日
翌朝、昼過ぎに起きた。日の差し込まない僕の部屋は昼なのか夜なのかわからない。ただ、ひたすら寒かった。
起きてから、僕は印度に居ることを再認識した。軽く項垂れた。
ぶっ壊れたシャワーヘッドから出る生ぬるい水は、僕をある程度はリフレッシュさせた。
ひげを剃り、歯を磨き、コーラとプロテインを飲み荷造りをした。僕の、リュックの中では
ポカリスェットの粉まみれになっていた。くそ、もっと印度が嫌いになった。くそくそうんこー
フロントに行くと笑顔で見送る支配人らしきインド人。チェックアウトで揉めている欧米人を片目に、「ああ、僕はやっぱりなにか嵌められているって再認識した」
ドアマンの、爺にニューデリー駅の場所を聞いた。チップで2ルピー払った。日本円で6円。彼は微笑んだ。僕たちは握手をして別れた。
インド人とぶつかり揉める僕。欧米人に駅を聞かれさっぱりわからんと僕。重い荷物が肩を麻痺させ、凸凹の道は僕の足を窒息させた。どの位歩いただろう?二ューデリー駅到着。キタナイ。それは、何かよくわから歴史的建物の気がした。
地球の歩き方の通り、パックパックをしょってる僕に、まるで蟷螂の屍骸に蟻の如く群がる客引き。ああぁぁぁぁ。
僕は、このときまともに対応していた「NO Thank you」たまに「シャラップ」くそ。地球の歩き方とバックパックを持っている僕は、鴨と葱とガスコンロを背負って来ている鍋だ。
地球の歩き方に書いてあるホテルに客引きと行くことにした。デラックスルーム500ルピー。僕の予算を軽くオーバー。くそ
「Cheap Room ,Cheap Room」僕の英語力のなさに涙が出そうになった。それでも、支配人は分かってくれた。300ルピーのシングルルームに泊まる事にした。なにか、英語で言ってたがさっぱり分からなかった。
パスポート出して、チェックイン。日本語のしゃべれるインド人に教えてもらいながらチェックイン。
どうやら、僕の部屋のボイラーがぶっ壊れているから交換するけど良いかってことだったらしい。3人のインド人が何か大声で怒鳴りながら僕の部屋をウロウロする。僕は、気にせずにベッドにねっころがりながらガイドブックを読みふける。インド人が「扇風機付けるか?日本人」「いや、いいわ。ありがとう」
僕は、メインバザールと言う、上野アメ横をもっと汚く、もっとでかくしたような、ゴミゴミしたところにホテルを取った。この街が気に入った。この、バザールが気に入った。話しかけてくるインド人。「どっから来た?名前は?親の名前は?彼女は?」
僕は、適当に答えた。オッケー案内するぜって事になった。ああ、これも何かの客引きだって思った。
僕はデリーの地理と印度が掴めてない。今日は搾取とだまされる経験をする日だって決めた。こいつは日本で顔を晒すって決めたけど。
なんか、ガンガン歩くインド人。像の神様ガネーシャ。なんか変な神の祠。適当にいろいろ案内された。僕は、写真を撮りながら歩いた。
お土産屋さんに案内された。見るだけ、見るだけって言われながら。中には、神様の像・象牙で作ったなんか変なやつお皿なんかがいっぱいある3階建ての建物。僕は、紅茶の葉っぱを買った。確か、400ルピーぐらいで。後で考えたら、くそ高い買い物(日本円で1200円)くそ
案内したから金くれって。ああ、印度ね、くそインド人。僕は、散々値切って5ルピー払った(日本円で15円)くそインド人。
僕は、自分の意思でホテルに向かった。違うこっちの道だっていうインド人。あほか。僕は、太陽が出ていると道に迷わないんだ。くそ
僕は、自分の意思でホテルに向かった。ついてくるインド人。「お前どこ行くんだ。」「ああ、ジャマー・マスジットだ」「OK、案内してやるよ」もう、面倒だ。だが今日はだまされる日って決めたから、僕は彼に任せることにした。
リクシャーの交渉から、何でもやってくれる彼。ああ、こうやって交渉すんのかって勉強になりますわ。
疾走するオートリクシャー、昼間の道は国道17号線皇居周辺に居る錯覚をしそうな整然とした道。
液化天然ガスのエンジンは甲高い音を出して疾走する。ドアなんて概念がない乗り物にも慣れた。
風は、砂埃と排気ガスのおかげでちっとも気持ちよくはない。空は、相変わらずスモッグがかかった薄曇の空。
ジャマーマスジット到着。ニューデリー最大のモスク。例えるなら、浅草の浅草寺のような感じだった。
所狭しと並ぶ商店。印度は、小売がメインの商売。やたら商売熱心な彼らからは、何かを学ぶべき点が多かった。
どうやら、印度の歴史的、観光的建造物に入るには、外国人料金と言う名の元にくそ高いお金を払わされるのが通例。
僕は裸足になり、いや裸足じゃなきゃ入れない神聖なるエリアに踏み込んだ。
沐浴するインド人。観光してりる欧米人とアジア人。僕はやっと観光客になれた。意外に面白い。石でよくこんなもん作ったなって思う。ああ、なんか僕はゲームか映画の中に居るような錯覚をする歴史的建造物。
彼に連れられ、神様の祠に。お金を払い、お祈りを。彼の行為を真似してやってみるが上手くいかない。
当たり前だ、僕は無神論者の日本人。ヒンドゥー教徒じゃ無い。この行為は、演技か唯のルーティンワークをまねしてるに過ぎない行為。
何も生みやしないが、経験が今後の僕の人生において何か・・・。ああ、そんな大それた事考えてなんていないよ。ただ、流されていただけなんだ
待たせていたリクシャーに駐車代20ルピー払い、ラールキラーへ。別名レッドフォート。赤い城。でかい、彼らはデカイ建造物を作る事によって、自らの権力のアイデンティティーを民衆に示していた気がした。ああ、どの国でもそうか。歴史が証明してるよな。
さあ、こっから騙されコースが始まる。疾走するオートリクシャーは、ツーリストオフィスへ。窓には、DTTDCの文字これが示すのは政府観光局のオフィス。ああ、こんな汚いオフィスがDTTDCか。あほか
地球の歩き方の通り、偽の旅行代理店に入ることに。流暢な日本語でしゃべるインド人「なにか、困ったことはありますか」「なにもない」「どこ行きますか」「決めてない」「列車のチケットは必要ですか」「いらない」「OK Thunku you」
こんなやり取りを、3件の旅行代理店で繰り返す。不服そうな、偽ガイド。僕はいい加減面倒になってきた。
オートリクシャーを探す彼を尻目に、巻いてやることにした。
勝手に歩く僕、ダッシュで追いかけてくる彼。「どこ行くんだ?」「ああ、ホテルだ」「分かった。帰ろう」
僕と彼は、無言でメインバザールまで帰った。
「帰る前にチャイ屋に行こう」「OK」
僕と彼は、手をつないでチャイ屋に向かった。印度では、同姓であっても(男同士でも)親しい仲であれば手をつないで歩く文化。
この日は、ほとんど彼と僕は手を繋いで行動した。僕は、彼は僕のことを親友って思ってくれたのかと思っていた。
チャイ屋で、僕と彼はチャイとカレーパイとビスケットを食べた。インド人の少年店員が「どっから来た」「ああ、日本の東京だ」「こいつが、弟だって」紹介してくれた。僕たちは、握手を交わし、微笑んだ。
この日の、食事代は僕とインド人偽ガイド分を僕が全て払った。彼から奢られた物は、ガム1個。
ホテルの前で、「さあ、日本人今日のガイド料金だが1500ルピーだ」「はぁ!ファックオフ」ふざけんなって、日本語と英語を混ぜながら、ヒートアップする僕。だって、日本円で4500円だぜファック。
「OK日本人いくらなら払うんだ」僕は考えた。「50ルピー」引きつる顔のインド人「ノーノー50ルピーノー。1000ルピー」マジふざけんなって・・・・
結局200ルピー支払って、僕たちは握手をして別れた。たぶん、適正価格とはいえないお金を払ったんだろうなって思った。糞インド人、ジャパニーズマネーなめんじゃねーって思った。そして、その日は洗濯をして寝た。
アーグラー行きの列車のチケットを、ホテルのツーリストカウンターで取得し500ルピー支払った。信用していない僕は、駅で確認すべく歩いた。僕は、印度でやたら歩いた。1日8時間ぐらい歩く日もざらだった。
駅構内に入るところで、腕をつかまれなぜか外に出された。
「チケット見せろ」って、インド人。見せたら「このチケットはローカルだからだめだ、とりあえずこっちに来い」地球の歩き方に書いてあるトラブル例と、クシミ君から聞いた事がある手口とまったく一緒なのが面白かった。
「これ、どこで買った?」「ホテルのツーリストカウンターだ」「ああ、そこは以前捕まったぞ。お前も。このチケット使うと捕まるぞ」
「ファック・ユー」僕は、チケットを奪い返しシカトして駅を目指した。
駅の前で迷っていると、日本人大学生のアマグチさんが「すいません日本の方ですか」って声をかけてきた。
かれも、散々旅行代理店を連れまわされて、軟禁状態にされてもう自分で列車のチケットを取るしかないって駅に単身で来たとのこと。僕たちの目的が一致した。一緒に行動することにした。
アマグチさんは、旅行好き。今までアジアのいろんな国を回ってきたらしい。英語が堪能な彼。タイの大学に在学中の彼。
僕は、印度に来て初めて強気になった。英語は彼に任せて、僕はボディーガードと年上らしく経験値から行動を決定した。
どうも、英語がなまじ分かるとインド人に言いまわされるらしい。屁理屈では、彼らが8枚ぐらい上手だった。
Railway Reservaition Office を目指すと、ある場所を指差すインド人。僕たちはそれを信じてしまった。
インド人がガンガン入っていく入り口で腕を捕まれ、何か話すアマグチさんとインド人。
どうやら、オフィスはペンキを塗っていて今日はしまっているから、良い代理店を知ってるからついて来いって。
アマグチさんは、「じゃあ塗っている所を見たらお前のオフィスに行く」っていったら、インド人は「ああ明日からペンキ塗るんだった」
みたいなやり取りだって教えてくれた。僕は、もう面倒なんで突っ切ることにしましょうってアマグチさんに言った。
足の裏を蹴って来るインド人。日本なら、マジ鉄拳制裁だが、ここはインドだ。シカトして歩いた。力の限り腕を引っ張るインド人客引き。僕は、日本語で何か訳の分からないことを叫んだ。
入って行った所は、プラットフォームだった。ああ、これも嘘なんだ。指差したインド人も奴等の仲間。くそくそ
向かいから歩いてくる日本人女性2組。アマグチさんが声を掛けた。その女性たちはオフィスを知っているとの事。
僕たち2人は、彼女たちが神様に思えた。たぶん大学2年生とかじゃないだろうか?ああ、僕も困っている日本人がいたら積極的に助けてあげようって思った。
Resevation Officeに難なく到着。僕とアマグチさんは心からのありがとうを彼女たちに言い、オフィスに入った。
雑然とした外国人用オフィスには、アジア人2人と欧米人7人。
アマグチさんのチケットのとり方を僕は参考にしたいのでと、最後まで付き合うことにした。
紙に書いて、フロントに渡すとくだらない会話を、アマグチさんと係りのインド人が繰り広げながら難なくチケット入手。びっくりする位簡単だった。僕の、チケットも間違いないって事なんで一安心。
お互い明日の早朝の列車だったんで、駅に近い僕のホテルにアマグチさんが移動するって運びになった。夜も遅かったので、僕はアマグチさんのホテルまで同行して荷物をピックアップし、僕と同じホテルにチェックインした。
その夜、僕とアマグチさんは僕の行きつけのゴールデンカフェで夕飯を食った。オーストラリア人と相席だった。
アマグチさんの旅行体験と、印度の情報をお互いに交換して、アマグチさんはオーストラリア人とコミュニケーションをとり僕の事を、ヒーローだと紹介してくれた。僕は、英語を本当に勉強しようって思った。
荷造りを行い、明日の出発の準備をして眠った。やけにデリー最終日の眠りは深い眠りだった。
起きてから、僕は印度に居ることを再認識した。軽く項垂れた。
ぶっ壊れたシャワーヘッドから出る生ぬるい水は、僕をある程度はリフレッシュさせた。
ひげを剃り、歯を磨き、コーラとプロテインを飲み荷造りをした。僕の、リュックの中では
ポカリスェットの粉まみれになっていた。くそ、もっと印度が嫌いになった。くそくそうんこー
フロントに行くと笑顔で見送る支配人らしきインド人。チェックアウトで揉めている欧米人を片目に、「ああ、僕はやっぱりなにか嵌められているって再認識した」
ドアマンの、爺にニューデリー駅の場所を聞いた。チップで2ルピー払った。日本円で6円。彼は微笑んだ。僕たちは握手をして別れた。
インド人とぶつかり揉める僕。欧米人に駅を聞かれさっぱりわからんと僕。重い荷物が肩を麻痺させ、凸凹の道は僕の足を窒息させた。どの位歩いただろう?二ューデリー駅到着。キタナイ。それは、何かよくわから歴史的建物の気がした。
地球の歩き方の通り、パックパックをしょってる僕に、まるで蟷螂の屍骸に蟻の如く群がる客引き。ああぁぁぁぁ。
僕は、このときまともに対応していた「NO Thank you」たまに「シャラップ」くそ。地球の歩き方とバックパックを持っている僕は、鴨と葱とガスコンロを背負って来ている鍋だ。
地球の歩き方に書いてあるホテルに客引きと行くことにした。デラックスルーム500ルピー。僕の予算を軽くオーバー。くそ
「Cheap Room ,Cheap Room」僕の英語力のなさに涙が出そうになった。それでも、支配人は分かってくれた。300ルピーのシングルルームに泊まる事にした。なにか、英語で言ってたがさっぱり分からなかった。
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どうやら、僕の部屋のボイラーがぶっ壊れているから交換するけど良いかってことだったらしい。3人のインド人が何か大声で怒鳴りながら僕の部屋をウロウロする。僕は、気にせずにベッドにねっころがりながらガイドブックを読みふける。インド人が「扇風機付けるか?日本人」「いや、いいわ。ありがとう」
僕は、メインバザールと言う、上野アメ横をもっと汚く、もっとでかくしたような、ゴミゴミしたところにホテルを取った。この街が気に入った。この、バザールが気に入った。話しかけてくるインド人。「どっから来た?名前は?親の名前は?彼女は?」
僕は、適当に答えた。オッケー案内するぜって事になった。ああ、これも何かの客引きだって思った。
僕はデリーの地理と印度が掴めてない。今日は搾取とだまされる経験をする日だって決めた。こいつは日本で顔を晒すって決めたけど。
なんか、ガンガン歩くインド人。像の神様ガネーシャ。なんか変な神の祠。適当にいろいろ案内された。僕は、写真を撮りながら歩いた。
お土産屋さんに案内された。見るだけ、見るだけって言われながら。中には、神様の像・象牙で作ったなんか変なやつお皿なんかがいっぱいある3階建ての建物。僕は、紅茶の葉っぱを買った。確か、400ルピーぐらいで。後で考えたら、くそ高い買い物(日本円で1200円)くそ
案内したから金くれって。ああ、印度ね、くそインド人。僕は、散々値切って5ルピー払った(日本円で15円)くそインド人。
僕は、自分の意思でホテルに向かった。違うこっちの道だっていうインド人。あほか。僕は、太陽が出ていると道に迷わないんだ。くそ
僕は、自分の意思でホテルに向かった。ついてくるインド人。「お前どこ行くんだ。」「ああ、ジャマー・マスジットだ」「OK、案内してやるよ」もう、面倒だ。だが今日はだまされる日って決めたから、僕は彼に任せることにした。
リクシャーの交渉から、何でもやってくれる彼。ああ、こうやって交渉すんのかって勉強になりますわ。
疾走するオートリクシャー、昼間の道は国道17号線皇居周辺に居る錯覚をしそうな整然とした道。
液化天然ガスのエンジンは甲高い音を出して疾走する。ドアなんて概念がない乗り物にも慣れた。
風は、砂埃と排気ガスのおかげでちっとも気持ちよくはない。空は、相変わらずスモッグがかかった薄曇の空。
ジャマーマスジット到着。ニューデリー最大のモスク。例えるなら、浅草の浅草寺のような感じだった。
所狭しと並ぶ商店。印度は、小売がメインの商売。やたら商売熱心な彼らからは、何かを学ぶべき点が多かった。
どうやら、印度の歴史的、観光的建造物に入るには、外国人料金と言う名の元にくそ高いお金を払わされるのが通例。
僕は裸足になり、いや裸足じゃなきゃ入れない神聖なるエリアに踏み込んだ。
沐浴するインド人。観光してりる欧米人とアジア人。僕はやっと観光客になれた。意外に面白い。石でよくこんなもん作ったなって思う。ああ、なんか僕はゲームか映画の中に居るような錯覚をする歴史的建造物。
彼に連れられ、神様の祠に。お金を払い、お祈りを。彼の行為を真似してやってみるが上手くいかない。
当たり前だ、僕は無神論者の日本人。ヒンドゥー教徒じゃ無い。この行為は、演技か唯のルーティンワークをまねしてるに過ぎない行為。
何も生みやしないが、経験が今後の僕の人生において何か・・・。ああ、そんな大それた事考えてなんていないよ。ただ、流されていただけなんだ
待たせていたリクシャーに駐車代20ルピー払い、ラールキラーへ。別名レッドフォート。赤い城。でかい、彼らはデカイ建造物を作る事によって、自らの権力のアイデンティティーを民衆に示していた気がした。ああ、どの国でもそうか。歴史が証明してるよな。
さあ、こっから騙されコースが始まる。疾走するオートリクシャーは、ツーリストオフィスへ。窓には、DTTDCの文字これが示すのは政府観光局のオフィス。ああ、こんな汚いオフィスがDTTDCか。あほか
地球の歩き方の通り、偽の旅行代理店に入ることに。流暢な日本語でしゃべるインド人「なにか、困ったことはありますか」「なにもない」「どこ行きますか」「決めてない」「列車のチケットは必要ですか」「いらない」「OK Thunku you」
こんなやり取りを、3件の旅行代理店で繰り返す。不服そうな、偽ガイド。僕はいい加減面倒になってきた。
オートリクシャーを探す彼を尻目に、巻いてやることにした。
勝手に歩く僕、ダッシュで追いかけてくる彼。「どこ行くんだ?」「ああ、ホテルだ」「分かった。帰ろう」
僕と彼は、無言でメインバザールまで帰った。
「帰る前にチャイ屋に行こう」「OK」
僕と彼は、手をつないでチャイ屋に向かった。印度では、同姓であっても(男同士でも)親しい仲であれば手をつないで歩く文化。
この日は、ほとんど彼と僕は手を繋いで行動した。僕は、彼は僕のことを親友って思ってくれたのかと思っていた。
チャイ屋で、僕と彼はチャイとカレーパイとビスケットを食べた。インド人の少年店員が「どっから来た」「ああ、日本の東京だ」「こいつが、弟だって」紹介してくれた。僕たちは、握手を交わし、微笑んだ。
この日の、食事代は僕とインド人偽ガイド分を僕が全て払った。彼から奢られた物は、ガム1個。
ホテルの前で、「さあ、日本人今日のガイド料金だが1500ルピーだ」「はぁ!ファックオフ」ふざけんなって、日本語と英語を混ぜながら、ヒートアップする僕。だって、日本円で4500円だぜファック。
「OK日本人いくらなら払うんだ」僕は考えた。「50ルピー」引きつる顔のインド人「ノーノー50ルピーノー。1000ルピー」マジふざけんなって・・・・
結局200ルピー支払って、僕たちは握手をして別れた。たぶん、適正価格とはいえないお金を払ったんだろうなって思った。糞インド人、ジャパニーズマネーなめんじゃねーって思った。そして、その日は洗濯をして寝た。
アーグラー行きの列車のチケットを、ホテルのツーリストカウンターで取得し500ルピー支払った。信用していない僕は、駅で確認すべく歩いた。僕は、印度でやたら歩いた。1日8時間ぐらい歩く日もざらだった。
駅構内に入るところで、腕をつかまれなぜか外に出された。
「チケット見せろ」って、インド人。見せたら「このチケットはローカルだからだめだ、とりあえずこっちに来い」地球の歩き方に書いてあるトラブル例と、クシミ君から聞いた事がある手口とまったく一緒なのが面白かった。
「これ、どこで買った?」「ホテルのツーリストカウンターだ」「ああ、そこは以前捕まったぞ。お前も。このチケット使うと捕まるぞ」
「ファック・ユー」僕は、チケットを奪い返しシカトして駅を目指した。
駅の前で迷っていると、日本人大学生のアマグチさんが「すいません日本の方ですか」って声をかけてきた。
かれも、散々旅行代理店を連れまわされて、軟禁状態にされてもう自分で列車のチケットを取るしかないって駅に単身で来たとのこと。僕たちの目的が一致した。一緒に行動することにした。
アマグチさんは、旅行好き。今までアジアのいろんな国を回ってきたらしい。英語が堪能な彼。タイの大学に在学中の彼。
僕は、印度に来て初めて強気になった。英語は彼に任せて、僕はボディーガードと年上らしく経験値から行動を決定した。
どうも、英語がなまじ分かるとインド人に言いまわされるらしい。屁理屈では、彼らが8枚ぐらい上手だった。
Railway Reservaition Office を目指すと、ある場所を指差すインド人。僕たちはそれを信じてしまった。
インド人がガンガン入っていく入り口で腕を捕まれ、何か話すアマグチさんとインド人。
どうやら、オフィスはペンキを塗っていて今日はしまっているから、良い代理店を知ってるからついて来いって。
アマグチさんは、「じゃあ塗っている所を見たらお前のオフィスに行く」っていったら、インド人は「ああ明日からペンキ塗るんだった」
みたいなやり取りだって教えてくれた。僕は、もう面倒なんで突っ切ることにしましょうってアマグチさんに言った。
足の裏を蹴って来るインド人。日本なら、マジ鉄拳制裁だが、ここはインドだ。シカトして歩いた。力の限り腕を引っ張るインド人客引き。僕は、日本語で何か訳の分からないことを叫んだ。
入って行った所は、プラットフォームだった。ああ、これも嘘なんだ。指差したインド人も奴等の仲間。くそくそ
向かいから歩いてくる日本人女性2組。アマグチさんが声を掛けた。その女性たちはオフィスを知っているとの事。
僕たち2人は、彼女たちが神様に思えた。たぶん大学2年生とかじゃないだろうか?ああ、僕も困っている日本人がいたら積極的に助けてあげようって思った。
Resevation Officeに難なく到着。僕とアマグチさんは心からのありがとうを彼女たちに言い、オフィスに入った。
雑然とした外国人用オフィスには、アジア人2人と欧米人7人。
アマグチさんのチケットのとり方を僕は参考にしたいのでと、最後まで付き合うことにした。
紙に書いて、フロントに渡すとくだらない会話を、アマグチさんと係りのインド人が繰り広げながら難なくチケット入手。びっくりする位簡単だった。僕の、チケットも間違いないって事なんで一安心。
お互い明日の早朝の列車だったんで、駅に近い僕のホテルにアマグチさんが移動するって運びになった。夜も遅かったので、僕はアマグチさんのホテルまで同行して荷物をピックアップし、僕と同じホテルにチェックインした。
その夜、僕とアマグチさんは僕の行きつけのゴールデンカフェで夕飯を食った。オーストラリア人と相席だった。
アマグチさんの旅行体験と、印度の情報をお互いに交換して、アマグチさんはオーストラリア人とコミュニケーションをとり僕の事を、ヒーローだと紹介してくれた。僕は、英語を本当に勉強しようって思った。
荷造りを行い、明日の出発の準備をして眠った。やけにデリー最終日の眠りは深い眠りだった。
インド日記 アーグラー2月5日
その日は何故か目覚めが良かった。たぶん、インド初の列車の移動に緊張していたのだろう。
時間は、5時。窓の無いホテルの部屋は真っ暗で何も見えやしない。携帯電話の明かりを頼りに照明のスイッチを入れる。
ホットシャワーと言い難いぬるま湯で、顔を洗い、歯を磨き、髪型を整えた。インドではワックスなんて1回も使わなかった。
電気剃刀で髭を剃り、約束の時間に1階上のアマグチさんの部屋をノックした。
僕がノックしたのと同時にアマグチさんの携帯の目覚ましがなった。
後で気づいたが、僕の時計は少し進んでいたらしい。
僕は、部屋に帰り荷物をまとめフロントに下りた。
フロントでは従業員が床で2人、ソファーで1人寝ていた。カルチャーショックだろ!ホテルのフロントマンとボーイが床で寝てんだぜ。
僕は、なるべく起さないようにそっと歩き小声で「チェックアウト プリーズ」と、囁いた。
初のチェックアウト。難なく、終了。僕は、インドでホテルに関しては何も問題がなかった気がする。
お金の面に関しては、って事だが。クリケットの試合がテレビから垂れ流されていた。しばらくすると、アマグチさんが降りてきた。
英語の堪能な彼は、僕のそれとは違ってスマートにチェックアウトをこなしているように思えた。
僕たちは、早朝のメインバザールを、くそ重いバックパック背負って靄の中を歩いた。朝のメインバザールの道は広かった。
昼間は、すれ違うリクシャーを避けるにもギリギリだったが、店がすべて閉まっている通りはやけに広かった。
朝靄の中暗がりの中、掃除をしているインド人。インド人は掃除なんてしないのかって思ってた。それぐらい汚れている町並み。
後で判った事だが、掃除をするカーストとの事だ。
早朝にもかかわらず、人であふれるニューデリー駅。
僕はNO.1Prat Form、アマグチさんNO.12Prat Form
僕たちは、プラットフォームでお互いの写真を撮り、硬く握手をして分かれた。彼は、きっと良い人だって思った。
僕は、彼が居なかったらインドでやっていけなかったかも知れない。それぐらい、今回のインドでキーポイントになった人だ。
ああ、連絡先ぐらい聞いとけば良かったな。後で後悔するのが僕。くそ
予定時間を10分過ぎて列車は到着。僕は、出入口に書かれている乗客リストに目を通して乗車した。
欧米人女性がレディーファーストが当たり前の用に僕を押しのけて乗っていった。僕は、欧米人女性が嫌いになった。
くそ、くそ何がレディーファーストだ。ここはインドだ!カーストだうんこ踏め
僕は、この旅で初めてエアコン付きの列車に乗った。エアコンが必要ないぐらいに冷え込んだ朝に。
チケットに記入されたシートに座り3列シートには、隣に初老の身なりのきれいなインド人と、欧米人女性。
その他のシートには、欧米人旅行者と、若干のインド人。やはり、この車両は高かったようだ。
配られるボトルウォーター。続いて、チャイとビスケット。さらに、ブレックファーストでパンとジャガイモを揚げたやつと、マンゴージュース。
僕は、チャイをこぼした。隣のインド人は何も言わなかった。彼も、ミルクパウダーをばら撒いていた。
この後の、インド旅行中に乗った寝台車には何も出ては気やしなかった。やはり、高級車輌は違う。
お金を出せば、違う角度からのインドが見える気がした。
車窓には薄靄の中、時々見え隠れする立ち木しか見えなかった。非常につまらない世界の車窓から。
予定到着時間は2時間後。おおよそそれぐらいの時間がたった。インドの列車は車内放送なんてまったくない。
最後に行ったMumbaiの郊外列車くらいしかアナウンスしない。これでよく降りる駅が分かるなって毎回感心していた。
今回も、多分に漏れず僕のチキンハートはドキドキした。周りを見回し乗降する人数が少ないところは却下。
おそらく時間的に次の停車駅がアーグラー。ぼくは、隣の身なりの良いインド人に聞いてみた。
「すいません。次の駅はアーグラーですか?」「ああ、そうだよ」彼は、言葉少なくそういった。多分だが。
列車が駅に近づいてきたとき、車内の大半の乗客が降車準備を始めた。僕も、それを見習って準備した。
もらった、ボトルウォーターをバックパックに差し込んで。
降り立ったアーグラー。そこは、ニューデリーと違って田舎だった。僕は、まず駅のResarvation Offceを確認した。
次の目的地、バラナシ行きの列車の時刻を調べるために。よく分からなかった。チケット申込用紙を4枚ほど貰い駅を後にした。
多少は南下したとはいえ寒い。吐く息が白い。
ニューデリーと違って、ここのリクシャーは客引きがしつこくない。あくまでデリーと比べたらって事だが。
駅前に建つ建物は、デリーのそれと違ってすべてが低かった。つまり、田舎だった。
僕は、何故かニューデリーの町並みが恋しくなった。僕は、先天的にごゴミゴミした町並みと、人酔いするぐらい人が居るところが好きなんだろう。落ち着く。
リクシャー客引きの声を無視して、僕は地球の歩き方を片手に歩いた。
僕は、インドで歩いた歩いた。くそ踏みながら歩いた、歩いた理由を挙げたら、30時間はかかるだろうな
リクシャーとの交渉が面倒だってのもある。街の写真が撮れないってのもある。歩くのが好きなのかも知れない。
インドは歩いていてドキドキする。道を歩いていて面白い。
何なんだこの国。まじ面白いんだぜ。みんな行けば良いのにって言っても、みんな行かないな。
僕だって、ハワイを勧められてもきっと行かないもんな。あー沖縄なら行くな、だって呼ばれっから沖縄に。
歩く僕の肩にはパックパックが食い込む。腕が麻痺する。「あーちょっとひと休み。」バックパックを下ろして道端で一休み。
バックパックからボトルうウォーターを取り出して、乾いたのどを潤す。
たぶん、僕の目指しているホテルまでは約三キロ。20キロ近い僕の荷物は、確実に体力を消耗させた。
トレーニングしといてよかったなって思う瞬間。吐く息は白いのに、僕の体は汗ばんでいた。
通学中だと思う小学生から「ハロー!」って、僕もなれない英語で「ハロー」
彼らはコミュニケーション能力が異常に高い気がした。隣に座ったお金が絡まない関係だったら、国籍なんて関係なく町中で友達になる感じ。
居心地がいいって、こういう事なのかなって思ったりもした。
再び歩き出す僕。小学生だと思う、僕らはくだらない話をしながらしばらく歩いた。写真も撮った。
僕の立った髪型で笑うチャリ通のインド人。僕は中指を立てた。彼らは、それを見てさらに笑った。
彼の、学校まで一緒に歩いた。手を振って僕たちは別れた。
僕は、さらに歩いた。インドでは、ほんとによく歩いた。帰国してからアキレス腱が炎症するぐらい歩いた。
話しかけてくるサイクルリクシャー。こいつはしつこかった。ぼくは、無視してリスの写真や、家の写真を撮った。
しばらく歩いて、目的のホテル周辺になった。僕は地球の歩き方を片手に地図を確認。サイクルリクシャーのおっちゃんも覗き込む。
「この通りがThe Mallだ。お前の行くホテルはこの通りを曲がったところだ」
僕は、インド人を決して信用しない。地球の歩き方を見て僕は納得いくまで見て、彼の言っている事が正しいと確証した。
「日本人さん、乗っていくか?」僕は、朝早くおきて、重い荷物を担ぎ2キロの道なりを歩いて来たから意外に疲れていた。
僕は5ルピーって言う彼の言葉もあり、初のサイクルリクシャーに乗り込んだ。彼の、棒のような足で漕ぐサイクルリクシャーは、日本の人力車とは違い風流とはかけ離れていた。
乗り心地はちっとも良くはない。何だか、ちんどん屋か何かの見世物になった気がした。
彼のペダルを漕ぐ棒の様な足を見ていたら、何だか悲しい気分になった。きっと、朝早かったからだろう。きっと、そうだ。
ものの3分ほどで、Tourist Rest Houseに着いた。昨日の夜と列車の中で決めたホテル。
僕は、この旅ではガイドブックに書いてあるホテル以外には泊まらないって決めた。
なぜか、そう決めた。サイクルリクシャーのおっちゃんが話しかける。「今日は、タージマハル行くか?アーグラ城見に行くか?」
僕は、嘘をついた。「いや行かない。今日はホテルで寝ている」っておっちゃんに言った。おっちゃんは「明日は?」僕は「決めてない」
不毛な会話は何も生み出しやしなかった。この辺にいるからいつでも声掛けてくれって。
「ナマステー」ホテルの支配人だろうか、人当たりの良さそうな体格の、口髭が印象的な支配人。
僕と彼は部屋を見る為2階へ行った。この部屋は500ルピー。くそ、いつも予算オーバーの部屋から見せられる。
ああ、僕が予算の話をしないでシングルルームの部屋って事だけを伝えていたからだって後で気づいた。
僕は、もっと安い部屋って言ったら、悲しいね。彼の言ってる英語がまったく分からない。
途中で、何度も彼は「わかったか?」って、確認してくれる。
なんとなく分かるんだが、合ってる保障なんてヤギの糞以下だった。
たぶん、これからチェックアウトする部屋があるから、チャイでも飲みながらしばらく待ってくれって。
僕は、ホテルのレストランでチャイを飲みながら、歩きすぎと早起きの影響だろうか居眠りをした。正しくは、眠いから寝た。
1時間ぐらい寝てたのだろうか、案内されたシングルルームは中庭のレストラン兼通路にある部屋だった。
ホットシャワー付で1泊300ルピー。予算より高めだったが、中庭の小洒落たレストランが気に入った。
いや、すでに他のホテルに移動するだけの気力が無くなっていただけだが。
いつもの通り、パスポートを出しチェックイン。荷物を開き、ベッドに横になるが時間は12時前。やはり観光することにした
ベットから起き、僕は重い体を引きずるようにタージマハルへ向かった。
重い体だが、歩いていくことにした。言い寄ってくるサイクルリクシャー。この、おっちゃんはしつこかった。
僕は、黙って首を横に何度も振った。僕は、黙って右手で制した。彼は、あきらめなかった。僕は、彼を見ながら何かを怒鳴った。
あーなんでこうなるんだろう。ぼくは、インドで大声を張り上げた後で後悔した。いつも怒鳴った後は、なんとも言えない気持ちになる。あああぁ
そんな、気持ちも子供たちの「ハロー」で吹っ切れる。僕は幾度となく、下らない会話を彼らと繰り返した。
そんな僕も、結局はサイクルリクシャーに乗ってタージマハルに向かった。どうも、彼らの目を見ると負けてしまう。ああくそ
僕は、いつもサイクルリクシャーに乗ると彼らの細い足を見る。その棒のような足を見ると、いつもなんとも言えない気持ちになった。
10ルピーって事だったが、僕は5ルピーチップとして多めに払った。何食わぬ顔で受け取る彼。
公園のようになっているタージマハルの敷地。サルとリスと犬とうんこの写真を撮りながら僕は歩いた。
行列が出来ている横にチケットオフィスがあった。悪評高いインド考古学局に払う外国人料金を上乗せされたくそ高いチケット。750ルピーもした。
ボトルウォーターゲートとシューズカバーを受け取り、係りのインド人から「どっから来た。韓国か?」このころは、僕は決まって韓国人か?って聞かれる。
それは、寝台車でバラナシに向かうとき隣の寝台の韓国人女性からも、韓国人ですか?って聞かれた。ボアみたいな女の子だった。
日本人だって言ったら、ガッカリしていた。モテル男はつらいぜよ。ああ、この場合モテてないか?うんこ
係りのインド人は、僕を行列の一番前へ入れてくれた。不満げなインド人がやたら詰めて来た。ああ、インドだな
警察によるやたら厳しいボディーチェック。空港のそれより厳しかった。
中は、インドのそれとはまったく違った。やけに静かなインド。客引きがいない。声を誰も掛けてこない。
これでもインドかって物足りなくも思ったが、しばしの開放された感じは、やけに新鮮に思った。
門の暗闇のなかに見えるタージマハル。
僕は、思わずうなり声を上げた。でかい。何だこのでかさは。
くそ高いお金を払っても、来た甲斐があったってもんだ。
うげー、なんじゃこりゃーって素直に思った。インドらしからぬ、きれいな庭園には、きれいに整備された芝生と、きれいに並んだ噴水からは、きれいに水が迸る。
インドであってインドらしからぬその空間は、僕をひきつけた。
結局4時間ほどタージマハルに居た。王妃の墓に4時間。きっと、観光客に写真を撮られている王妃と王様は、めんどくせーって思ってる気がした。
お墓に観光に来ている僕も、何やってるんだってちょびっと思った。
後ろに広がるヤムナー河を眺めながら、幻に終わった黒いタージマハルを想像しながら。
はいうんこ。まったく想像していません。何にもない広大な土地に、牛が一杯だなって思ってました。はい、うんこ
日本じゃ考えられない、広大さに改めてインドの大きさは感じた。しかし、汚い河だった。
くそ高い考古学局に払ったチケットは、その日であればどこでも共通って事だった。
僕は、くそ不味いチベット人客引きのレストランで焼きそばを食べた。タージマハルの周辺を散歩してみた。お土産屋は少ない。
ちょっと行くとそこは、居住区になっていた。僕は、どうやら迷ったらしい。くそ。
ガイドブックの地図以外のところを歩いていることはなんとなく分かった。
最悪オートリクシャーに乗れば戻ることはできるが、何とか自分の足で戻りたかった。そう思った
。
歩く僕、追いかけてくるインド人のガキ。「フォトフォト」「ハーイ撮るよー」僕は、散々写真を撮った。いや、撮らされた。
はじめは3人だったインド人少年少女。気がつけば、僕は20人ぐらいに囲まれていた。
怒鳴るインド人爺。ああ、日本の田舎によくあるあるあれか。僕だってこの状況なら怒鳴る。
言葉は分からないが、たぶんうるせーって言ってる気がした。僕と、43の瞳は行進した。写真を撮りながら、お金を要求するガキたち。
僕はハーメルンの笛吹き男みたいだった。たぶん金暮れって言葉なんだろう。僕も、一緒になって真似して言った。
言いながら歩いた。子供たちは笑ってた。
時間があまりないこともあり、オートリクシャーでアーグラーフォートに向かった。
やはりでかい。何だろう?インド。どうなってるインド。王様の権力が壮大だったことをイメージさせるには余りある大きさ。石の量。
そこに入って行く僕は、まるでドルアーガの塔を登って行くギルか、キングダムハーツのソラになった気がした。しかし、気のせいだった
僕の腓腹筋は限界をとっくに過ぎていた感じだった。夕暮れに閉館するアーグラー城。
もはや、僕は歩いてホテルまで帰れる気がしなかった。
サイクルリクシャーの親父が、「めっちゃ安いよ。5ルピーでいいよ」それは、破格の値段だった。
僕は、たぶん疲れていて思考能力が低下していた。言い訳をさせてくれ。つまり、そうだった気がする。
つかれきった、足で帰る気がしなかった僕は、一番安い値段で言い寄ってきた黒褐色爺のサイクルリクシャーに乗った。
坂道を彼はサイクルリクシャーを押しながら、喋った。「お土産屋があるんだ。日本人、お茶とか好きか?シルクとか、宝石とかあるぞ」
僕は、非常に疲れていた。歩くことすら苦痛。喋ることは出来る。僕は、ホテルに行くように促した。
ホテルには行くがお土産屋にも行くの1点張り。
はー。マジめんどくせー。僕は、有無を言わさず降りた。彼は5ルピー払えって言っていた。僕はファックって言った。何か叫んでいたが無視して歩いた。
やれやれ、今日二度目だ。僕は、最近怒りっぽくなってるような気がした。怒鳴るたびに嫌な気分になる。くそ。
つかれた体を引きずり。ガイドブックを見ながらホテルまで歩いた。怒鳴った事をあれこれ考えながら。
ホテルに帰り、屋上にのぼり夕焼けを眺めながらストレッチをした。空には凧があがっていた。
夕焼け空は、いつも、どこでも感傷的にするなって思った。
一休みして、列車の時刻表を調べるためにホテルの1室にあるInternet Cafeに向かった。
日本人女性がやってきた。僕らは色々試したがどうやら日本語の表示が出来ないらしい。
隣のInternet Cafeに行った。今度は速度が遅すぎて何も開けなかった。僕たちは断念してホテルに戻った。
夜になって、日本人女性2人組みとチャイを飲みながら喋った。彼女たちは、インドに来て3週間らしい。
たぶん、マザーハウスのボランティアメインで来た様な気がした。彼女たちはエアメールを書きながら喋った。
僕は、エアメールのやり方を聞いた。僕も書こうと思ったが、住所を知らないなって思った。
1人の彼女は、インド以外にもタイ・ベトナム・フィリピン・ブラジル・ネパール・カンボジア等を回っているとの事だった。
純粋に行動力が羨ましかった。
僕が、逆立ちしてうんこしながらカレーを食べる以上に行動力があるって思った。
その日の夢には、日本で女の子と喋ってる夢を見た。やれやれ
2月6日に続く
時間は、5時。窓の無いホテルの部屋は真っ暗で何も見えやしない。携帯電話の明かりを頼りに照明のスイッチを入れる。
ホットシャワーと言い難いぬるま湯で、顔を洗い、歯を磨き、髪型を整えた。インドではワックスなんて1回も使わなかった。
電気剃刀で髭を剃り、約束の時間に1階上のアマグチさんの部屋をノックした。
僕がノックしたのと同時にアマグチさんの携帯の目覚ましがなった。
後で気づいたが、僕の時計は少し進んでいたらしい。
僕は、部屋に帰り荷物をまとめフロントに下りた。
フロントでは従業員が床で2人、ソファーで1人寝ていた。カルチャーショックだろ!ホテルのフロントマンとボーイが床で寝てんだぜ。
僕は、なるべく起さないようにそっと歩き小声で「チェックアウト プリーズ」と、囁いた。
初のチェックアウト。難なく、終了。僕は、インドでホテルに関しては何も問題がなかった気がする。
お金の面に関しては、って事だが。クリケットの試合がテレビから垂れ流されていた。しばらくすると、アマグチさんが降りてきた。
英語の堪能な彼は、僕のそれとは違ってスマートにチェックアウトをこなしているように思えた。
僕たちは、早朝のメインバザールを、くそ重いバックパック背負って靄の中を歩いた。朝のメインバザールの道は広かった。
昼間は、すれ違うリクシャーを避けるにもギリギリだったが、店がすべて閉まっている通りはやけに広かった。
朝靄の中暗がりの中、掃除をしているインド人。インド人は掃除なんてしないのかって思ってた。それぐらい汚れている町並み。
後で判った事だが、掃除をするカーストとの事だ。
早朝にもかかわらず、人であふれるニューデリー駅。
僕はNO.1Prat Form、アマグチさんNO.12Prat Form
僕たちは、プラットフォームでお互いの写真を撮り、硬く握手をして分かれた。彼は、きっと良い人だって思った。
僕は、彼が居なかったらインドでやっていけなかったかも知れない。それぐらい、今回のインドでキーポイントになった人だ。
ああ、連絡先ぐらい聞いとけば良かったな。後で後悔するのが僕。くそ
予定時間を10分過ぎて列車は到着。僕は、出入口に書かれている乗客リストに目を通して乗車した。
欧米人女性がレディーファーストが当たり前の用に僕を押しのけて乗っていった。僕は、欧米人女性が嫌いになった。
くそ、くそ何がレディーファーストだ。ここはインドだ!カーストだうんこ踏め
僕は、この旅で初めてエアコン付きの列車に乗った。エアコンが必要ないぐらいに冷え込んだ朝に。
チケットに記入されたシートに座り3列シートには、隣に初老の身なりのきれいなインド人と、欧米人女性。
その他のシートには、欧米人旅行者と、若干のインド人。やはり、この車両は高かったようだ。
配られるボトルウォーター。続いて、チャイとビスケット。さらに、ブレックファーストでパンとジャガイモを揚げたやつと、マンゴージュース。
僕は、チャイをこぼした。隣のインド人は何も言わなかった。彼も、ミルクパウダーをばら撒いていた。
この後の、インド旅行中に乗った寝台車には何も出ては気やしなかった。やはり、高級車輌は違う。
お金を出せば、違う角度からのインドが見える気がした。
車窓には薄靄の中、時々見え隠れする立ち木しか見えなかった。非常につまらない世界の車窓から。
予定到着時間は2時間後。おおよそそれぐらいの時間がたった。インドの列車は車内放送なんてまったくない。
最後に行ったMumbaiの郊外列車くらいしかアナウンスしない。これでよく降りる駅が分かるなって毎回感心していた。
今回も、多分に漏れず僕のチキンハートはドキドキした。周りを見回し乗降する人数が少ないところは却下。
おそらく時間的に次の停車駅がアーグラー。ぼくは、隣の身なりの良いインド人に聞いてみた。
「すいません。次の駅はアーグラーですか?」「ああ、そうだよ」彼は、言葉少なくそういった。多分だが。
列車が駅に近づいてきたとき、車内の大半の乗客が降車準備を始めた。僕も、それを見習って準備した。
もらった、ボトルウォーターをバックパックに差し込んで。
降り立ったアーグラー。そこは、ニューデリーと違って田舎だった。僕は、まず駅のResarvation Offceを確認した。
次の目的地、バラナシ行きの列車の時刻を調べるために。よく分からなかった。チケット申込用紙を4枚ほど貰い駅を後にした。
多少は南下したとはいえ寒い。吐く息が白い。
ニューデリーと違って、ここのリクシャーは客引きがしつこくない。あくまでデリーと比べたらって事だが。
駅前に建つ建物は、デリーのそれと違ってすべてが低かった。つまり、田舎だった。
僕は、何故かニューデリーの町並みが恋しくなった。僕は、先天的にごゴミゴミした町並みと、人酔いするぐらい人が居るところが好きなんだろう。落ち着く。
リクシャー客引きの声を無視して、僕は地球の歩き方を片手に歩いた。
僕は、インドで歩いた歩いた。くそ踏みながら歩いた、歩いた理由を挙げたら、30時間はかかるだろうな
リクシャーとの交渉が面倒だってのもある。街の写真が撮れないってのもある。歩くのが好きなのかも知れない。
インドは歩いていてドキドキする。道を歩いていて面白い。
何なんだこの国。まじ面白いんだぜ。みんな行けば良いのにって言っても、みんな行かないな。
僕だって、ハワイを勧められてもきっと行かないもんな。あー沖縄なら行くな、だって呼ばれっから沖縄に。
歩く僕の肩にはパックパックが食い込む。腕が麻痺する。「あーちょっとひと休み。」バックパックを下ろして道端で一休み。
バックパックからボトルうウォーターを取り出して、乾いたのどを潤す。
たぶん、僕の目指しているホテルまでは約三キロ。20キロ近い僕の荷物は、確実に体力を消耗させた。
トレーニングしといてよかったなって思う瞬間。吐く息は白いのに、僕の体は汗ばんでいた。
通学中だと思う小学生から「ハロー!」って、僕もなれない英語で「ハロー」
彼らはコミュニケーション能力が異常に高い気がした。隣に座ったお金が絡まない関係だったら、国籍なんて関係なく町中で友達になる感じ。
居心地がいいって、こういう事なのかなって思ったりもした。
再び歩き出す僕。小学生だと思う、僕らはくだらない話をしながらしばらく歩いた。写真も撮った。
僕の立った髪型で笑うチャリ通のインド人。僕は中指を立てた。彼らは、それを見てさらに笑った。
彼の、学校まで一緒に歩いた。手を振って僕たちは別れた。
僕は、さらに歩いた。インドでは、ほんとによく歩いた。帰国してからアキレス腱が炎症するぐらい歩いた。
話しかけてくるサイクルリクシャー。こいつはしつこかった。ぼくは、無視してリスの写真や、家の写真を撮った。
しばらく歩いて、目的のホテル周辺になった。僕は地球の歩き方を片手に地図を確認。サイクルリクシャーのおっちゃんも覗き込む。
「この通りがThe Mallだ。お前の行くホテルはこの通りを曲がったところだ」
僕は、インド人を決して信用しない。地球の歩き方を見て僕は納得いくまで見て、彼の言っている事が正しいと確証した。
「日本人さん、乗っていくか?」僕は、朝早くおきて、重い荷物を担ぎ2キロの道なりを歩いて来たから意外に疲れていた。
僕は5ルピーって言う彼の言葉もあり、初のサイクルリクシャーに乗り込んだ。彼の、棒のような足で漕ぐサイクルリクシャーは、日本の人力車とは違い風流とはかけ離れていた。
乗り心地はちっとも良くはない。何だか、ちんどん屋か何かの見世物になった気がした。
彼のペダルを漕ぐ棒の様な足を見ていたら、何だか悲しい気分になった。きっと、朝早かったからだろう。きっと、そうだ。
ものの3分ほどで、Tourist Rest Houseに着いた。昨日の夜と列車の中で決めたホテル。
僕は、この旅ではガイドブックに書いてあるホテル以外には泊まらないって決めた。
なぜか、そう決めた。サイクルリクシャーのおっちゃんが話しかける。「今日は、タージマハル行くか?アーグラ城見に行くか?」
僕は、嘘をついた。「いや行かない。今日はホテルで寝ている」っておっちゃんに言った。おっちゃんは「明日は?」僕は「決めてない」
不毛な会話は何も生み出しやしなかった。この辺にいるからいつでも声掛けてくれって。
「ナマステー」ホテルの支配人だろうか、人当たりの良さそうな体格の、口髭が印象的な支配人。
僕と彼は部屋を見る為2階へ行った。この部屋は500ルピー。くそ、いつも予算オーバーの部屋から見せられる。
ああ、僕が予算の話をしないでシングルルームの部屋って事だけを伝えていたからだって後で気づいた。
僕は、もっと安い部屋って言ったら、悲しいね。彼の言ってる英語がまったく分からない。
途中で、何度も彼は「わかったか?」って、確認してくれる。
なんとなく分かるんだが、合ってる保障なんてヤギの糞以下だった。
たぶん、これからチェックアウトする部屋があるから、チャイでも飲みながらしばらく待ってくれって。
僕は、ホテルのレストランでチャイを飲みながら、歩きすぎと早起きの影響だろうか居眠りをした。正しくは、眠いから寝た。
1時間ぐらい寝てたのだろうか、案内されたシングルルームは中庭のレストラン兼通路にある部屋だった。
ホットシャワー付で1泊300ルピー。予算より高めだったが、中庭の小洒落たレストランが気に入った。
いや、すでに他のホテルに移動するだけの気力が無くなっていただけだが。
いつもの通り、パスポートを出しチェックイン。荷物を開き、ベッドに横になるが時間は12時前。やはり観光することにした
ベットから起き、僕は重い体を引きずるようにタージマハルへ向かった。
重い体だが、歩いていくことにした。言い寄ってくるサイクルリクシャー。この、おっちゃんはしつこかった。
僕は、黙って首を横に何度も振った。僕は、黙って右手で制した。彼は、あきらめなかった。僕は、彼を見ながら何かを怒鳴った。
あーなんでこうなるんだろう。ぼくは、インドで大声を張り上げた後で後悔した。いつも怒鳴った後は、なんとも言えない気持ちになる。あああぁ
そんな、気持ちも子供たちの「ハロー」で吹っ切れる。僕は幾度となく、下らない会話を彼らと繰り返した。
そんな僕も、結局はサイクルリクシャーに乗ってタージマハルに向かった。どうも、彼らの目を見ると負けてしまう。ああくそ
僕は、いつもサイクルリクシャーに乗ると彼らの細い足を見る。その棒のような足を見ると、いつもなんとも言えない気持ちになった。
10ルピーって事だったが、僕は5ルピーチップとして多めに払った。何食わぬ顔で受け取る彼。
公園のようになっているタージマハルの敷地。サルとリスと犬とうんこの写真を撮りながら僕は歩いた。
行列が出来ている横にチケットオフィスがあった。悪評高いインド考古学局に払う外国人料金を上乗せされたくそ高いチケット。750ルピーもした。
ボトルウォーターゲートとシューズカバーを受け取り、係りのインド人から「どっから来た。韓国か?」このころは、僕は決まって韓国人か?って聞かれる。
それは、寝台車でバラナシに向かうとき隣の寝台の韓国人女性からも、韓国人ですか?って聞かれた。ボアみたいな女の子だった。
日本人だって言ったら、ガッカリしていた。モテル男はつらいぜよ。ああ、この場合モテてないか?うんこ
係りのインド人は、僕を行列の一番前へ入れてくれた。不満げなインド人がやたら詰めて来た。ああ、インドだな
警察によるやたら厳しいボディーチェック。空港のそれより厳しかった。
中は、インドのそれとはまったく違った。やけに静かなインド。客引きがいない。声を誰も掛けてこない。
これでもインドかって物足りなくも思ったが、しばしの開放された感じは、やけに新鮮に思った。
門の暗闇のなかに見えるタージマハル。
僕は、思わずうなり声を上げた。でかい。何だこのでかさは。
くそ高いお金を払っても、来た甲斐があったってもんだ。
うげー、なんじゃこりゃーって素直に思った。インドらしからぬ、きれいな庭園には、きれいに整備された芝生と、きれいに並んだ噴水からは、きれいに水が迸る。
インドであってインドらしからぬその空間は、僕をひきつけた。
結局4時間ほどタージマハルに居た。王妃の墓に4時間。きっと、観光客に写真を撮られている王妃と王様は、めんどくせーって思ってる気がした。
お墓に観光に来ている僕も、何やってるんだってちょびっと思った。
後ろに広がるヤムナー河を眺めながら、幻に終わった黒いタージマハルを想像しながら。
はいうんこ。まったく想像していません。何にもない広大な土地に、牛が一杯だなって思ってました。はい、うんこ
日本じゃ考えられない、広大さに改めてインドの大きさは感じた。しかし、汚い河だった。
くそ高い考古学局に払ったチケットは、その日であればどこでも共通って事だった。
僕は、くそ不味いチベット人客引きのレストランで焼きそばを食べた。タージマハルの周辺を散歩してみた。お土産屋は少ない。
ちょっと行くとそこは、居住区になっていた。僕は、どうやら迷ったらしい。くそ。
ガイドブックの地図以外のところを歩いていることはなんとなく分かった。
最悪オートリクシャーに乗れば戻ることはできるが、何とか自分の足で戻りたかった。そう思った
。
歩く僕、追いかけてくるインド人のガキ。「フォトフォト」「ハーイ撮るよー」僕は、散々写真を撮った。いや、撮らされた。
はじめは3人だったインド人少年少女。気がつけば、僕は20人ぐらいに囲まれていた。
怒鳴るインド人爺。ああ、日本の田舎によくあるあるあれか。僕だってこの状況なら怒鳴る。
言葉は分からないが、たぶんうるせーって言ってる気がした。僕と、43の瞳は行進した。写真を撮りながら、お金を要求するガキたち。
僕はハーメルンの笛吹き男みたいだった。たぶん金暮れって言葉なんだろう。僕も、一緒になって真似して言った。
言いながら歩いた。子供たちは笑ってた。
時間があまりないこともあり、オートリクシャーでアーグラーフォートに向かった。
やはりでかい。何だろう?インド。どうなってるインド。王様の権力が壮大だったことをイメージさせるには余りある大きさ。石の量。
そこに入って行く僕は、まるでドルアーガの塔を登って行くギルか、キングダムハーツのソラになった気がした。しかし、気のせいだった
僕の腓腹筋は限界をとっくに過ぎていた感じだった。夕暮れに閉館するアーグラー城。
もはや、僕は歩いてホテルまで帰れる気がしなかった。
サイクルリクシャーの親父が、「めっちゃ安いよ。5ルピーでいいよ」それは、破格の値段だった。
僕は、たぶん疲れていて思考能力が低下していた。言い訳をさせてくれ。つまり、そうだった気がする。
つかれきった、足で帰る気がしなかった僕は、一番安い値段で言い寄ってきた黒褐色爺のサイクルリクシャーに乗った。
坂道を彼はサイクルリクシャーを押しながら、喋った。「お土産屋があるんだ。日本人、お茶とか好きか?シルクとか、宝石とかあるぞ」
僕は、非常に疲れていた。歩くことすら苦痛。喋ることは出来る。僕は、ホテルに行くように促した。
ホテルには行くがお土産屋にも行くの1点張り。
はー。マジめんどくせー。僕は、有無を言わさず降りた。彼は5ルピー払えって言っていた。僕はファックって言った。何か叫んでいたが無視して歩いた。
やれやれ、今日二度目だ。僕は、最近怒りっぽくなってるような気がした。怒鳴るたびに嫌な気分になる。くそ。
つかれた体を引きずり。ガイドブックを見ながらホテルまで歩いた。怒鳴った事をあれこれ考えながら。
ホテルに帰り、屋上にのぼり夕焼けを眺めながらストレッチをした。空には凧があがっていた。
夕焼け空は、いつも、どこでも感傷的にするなって思った。
一休みして、列車の時刻表を調べるためにホテルの1室にあるInternet Cafeに向かった。
日本人女性がやってきた。僕らは色々試したがどうやら日本語の表示が出来ないらしい。
隣のInternet Cafeに行った。今度は速度が遅すぎて何も開けなかった。僕たちは断念してホテルに戻った。
夜になって、日本人女性2人組みとチャイを飲みながら喋った。彼女たちは、インドに来て3週間らしい。
たぶん、マザーハウスのボランティアメインで来た様な気がした。彼女たちはエアメールを書きながら喋った。
僕は、エアメールのやり方を聞いた。僕も書こうと思ったが、住所を知らないなって思った。
1人の彼女は、インド以外にもタイ・ベトナム・フィリピン・ブラジル・ネパール・カンボジア等を回っているとの事だった。
純粋に行動力が羨ましかった。
僕が、逆立ちしてうんこしながらカレーを食べる以上に行動力があるって思った。
その日の夢には、日本で女の子と喋ってる夢を見た。やれやれ
2月6日に続く
インド日記 アーグラー2月6日〜2月8日
翌朝は、昼過ぎに目覚めた。相変わらず昼か夜か分からないホテルの部屋は、あーめんどくせー
今日の予定を考えながら、中庭でチャイとトマトチーズサンドイッチを食べた。プラスチックの赤いコカコーラって書かれたテーブルで食べた。
陽の差し来む中庭では、インド人が談笑している。ああ、ぼくは紛れもなくインドに来ているって思った。なにか、映画のワンシーンの中にいるような気もした。
ああ、こりゃ自分に酔ってんなって客観的にそう思った。あー恥ずかしいったらありゃしねー。
今日の予定は、列車のチケットを取る。ATMで予想外になくなって列車のチケットすら買えそうも無い持ち金を補充する。
ネットカフェで列車のダイヤを調べる。エアメールを出す。洗濯する。こんな予定。
日本の感覚で駅前向かって歩いた。
インドはきっと違う。違った確実に。駅前が発展してはいない。必ずだった。
僕は、ネットカフェもATMも無い駅前にうんざりしながら、駅で時刻表を確認した。たぶんこの列車なのだろうがよくわからん。
チケット買うお金も無い。くそ
次に目星をつけたのが、高級ホテル街。この日も僕は歩く。歩く。
しかし、僕の頭の中では、ああATMが見つからなかったら一生インドから出国することができないんじゃないかって妄想が広がってきた。
ガイドブックにすら記入されていないATM。歩く距離が増えるごとに少しずつ絶望感が高まっていった。
くそ。何のための携帯だ。何のためのネットカフェだ。僕は、最悪ネットカフェがあれば何とかなるって思いながら歩いた。
僕は、写真すら取ることを忘れて歩いた。我武者羅に何も口にするのを忘れて歩いた。その日は珍しく暑かった。
高まりつつある、喪失感と絶望感。ああ、僕はインドでインドで。くそくそあわわわぁぁぁ。
リクシャーに八つ当たりとも取れる罵声を僕は浴びせた。おかげで、僕の中に更なる感情が芽生えた。あぁあぁぁわあわわああがががががあぁぁ
ん!あれ?メインロードのThe Mailに車が走らなくなった。自転車すらだ。僕は何か嫌な予感がした。もしや、暴動か何かか?
もう、僕の精神状態はインドの河より混沌としてきた。たぶん、何か天中殺と厄日と大殺界が一緒に来たような感じ。僕は、インドが嫌いになった。
静まり返ったメインロード。僕は、端っこをこっそり歩く、交差点で道路を封鎖している警官。封鎖のため行き場がなくなったインド人達。
ぼくは、警官に怒鳴られて封鎖されているところまで走った。インド人の手招きに答えるように小屋の中に入った。
英語が出来れば状況を聞くことが出来るんだけど、僕は状況を見つめるしかなかった。
どのくらいだろう、僕たちはしばらく佇んでいた。封鎖された道を走る、軍あるいは警察の車両。そして、それは簡単に封鎖が解かれた。
いったいなんだったのか分からない。結局、2回ほど封鎖されるメインロードに遭遇した。
今日はきっと厄日だ。たぶん、呪われた日だ。くそ。くそ。大して暑くもないのに、背中に汗を掻いていた。あわわわ。
インドに帰化するの巻き。
インドでは、毎日歩きながらいろんな妄想が広がった。むしろ、妄想しかしてなかったな。妄想の旅。股旅。靴下。
この日の妄想は、地球の終わりを連想させた。くそ。ATMが見つからないってだけなのに
妄想しながら歩く僕。ん!Internetの文字。うんこー。あるやんけー。くそうんこ。マジうんこ。いいぞ俺うんこ。
入った、ネットカフェでは日本語が出来なかった。きっと、ほかにもあるって確信した僕は、水を得た魚。
いや、プロテインを飲んだみつはたしかり、がんがん勇気がわいてきた。くそ。おれ簡単だな。ん!Citi Bank発見!
はー、まじ俺マジ俺わわわ。うんこここここここ
よく使い方の分からないATMに四苦八苦しながら7000ルピーGet。はー、やっぱ金です。ほんとこの時そう思った。拝金主義になろう
ネットカフェも、難なく見つかり、インド人に覗かれながら、列車のダイヤは分からなかったが、必要な情報は何とか手に入った。
翌朝は起きたらすでに疲れていた。どうやら、インドに来て歩きすぎのようだ。くそ。欧米人の声で目覚める。くそ寒い朝に
夜は、寒くて厚手の毛布1枚しかないベッドでは、寒くて夜中に起きる。日中はTシャツで問題なし。こりゃ風邪引くなって思った。
案の定、僕はインドで3日風邪でダウンした。
今日の予定を立てるべく、中庭のテーブルで地球の歩きかたを見ていると「日本の方ですか?」
オオイシさん。確か38歳の男性だった。今日アーグラーに着いて、ホテルを探しているとの事だった。
僕と同じで、チェックアウトがまだ済んでいないから暫くチャイでも飲みながら待っとけって事だったらしい。
僕と、オオイシさんはお互いの情報を交換した。僕は、列車のチケットの取り方とを聞いた。僕は、アーグラーについていろいろ話した。
オオイシさんの話では、寝台車は毛布が無いと、寒くて寝れないって話だった。僕は、今日の予定に毛布を購入するのを付け加えた。
僕は、チャイとトマトチーズサンドイッチを食べ、今日の予定のトレインチケットと毛布とエアメイルを出すべく歩いた。
出掛けに、ホテルの支配人にナマステと言って、行き先を伝えたら道を教えてくれた。
僕は知っていたが、ありがとうと言って手を合わせた。
午前中の街は良い。みんな、昼の営業に向けて準備中。客なんかに構っている暇は無いっと言った感じで、僕に話しかけてこない。
インドらしからぬ状況が新鮮だった。
アーグラーフォート駅のリザベーションオフィスで、昨夜電子辞書と格闘しながら書いた紙を、係りのインド人に差し出す。
相変わらずナニ言ってるか判らない。僕の英語力には糠に糠といった所か
何とかチケットは購入できた。列車の時間が、僕の調べた6時発ではなくて夜21時になっていたが。まあ、何とかなるだろう。
ブランケットを探すべく、駅周辺のバザールをうろついた。
アーグラー駅周辺は、布の店が多い。ジーパン・Tシャツ・サリー・布団・スカーフ・シーツ。西日暮里か!って思った。
くそ、インドで西日暮里。僕の泊まっているところは、さしずめ駒込といったところか。
くそ、こういう時、優柔不断はまったく困る。ぜんぜん決まらない。きまらなすぎておなかが減ってきた。しかも迷った。くそ。
ホットミルクの甘いやつと、ジャガイモ潰して揚げたやつを、食べた。ミルクスタンドみたいだった。
こんな、屋台がインドには死ぬほどある。僕は死ぬほどは食べなかったが
疲れたから、チャイ屋で一休み。なぜか、インド人に笑われてる。くそ。僕の視線で笑ってたインド人は黙った。くそ、何だってんだ。
いい加減面倒になった僕は、ブランケットのスモールサイズを140ルピーで購入した。日本円で500円と言ったところか。
もっと、交渉すればよかったと後で後悔。だって、きっとボラレテイルカラ
ホテルに帰ると、オーナーが「何買ったんだ?」「ん!ブランケットだよ」「俺にか。おおThank You」「あほか!やらーん」
ぼくと、オーナーは笑った。肩を組んで笑った。
コカコーラとボトルウォーターを買って帰ると、僕の部屋の前のテーブルに日本人女性が2人座っていた。たぶん関西の人だ。
ぼくは、苦手な気がしたので2、3言喋って屋上に登った。夕焼けが綺麗だった。空には凧が上がっていった。
10個ほど揚がっていた。僕は屋上で腕立て伏せとスクワットをした。インド人ホテルマンが僕を見て親指を立て笑ってた。
オオイシさんとホテルのレストランで1時間ほど食事をしながら話した。先出の関西人女性2人組みがやって来た。
オオイシさんが話しかけた。彼女たちも、僕たちと同じように転職のタイミングで旅をしているとの事だ。
彼女たちは、4ヶ月ほど海外を旅行していて、タイ・カンボジア・バリ・インドで終わる旅。僕と、オオイシさんは項垂れた。
女性の行動力には頭が下がる。オオイシさんが知り合った、映画監督でインドに招待された人と、ヨガを学びに4ヶ月インドにいる人も女性だと言っていた。
欧米人のドンちゃん騒ぎでその日は中々眠れなかった。あほか。早く寝ろ欧米人。
この日の朝は、糞が付くほど寒かった。しかも、喉が痛い。風邪を引いたかも知れないと。
ホットシャワーとは言いがたい微温湯でシャワーを浴びた。今日でアーグラーともおさらば。
体調が思わしく無い為、この日は体力温存日にしようと決めた。
今日の予定は、列車の時刻表を買う。昨日オオイシさんに聞いたタージマハルの元になった、何とかカンとか楼を見に行くの二点。
ブレックファーストを取り。ホテルをチェックアウト。オーナーが今日はどうするんだって聞いてきた。
僕は、21時の列車でバラナシに行くって言った。
荷物を置いていても良いよって言ってくれたが、僕は断った。だって、駅から遠いんだもんモン悶
ナマステって言って、僕はホテルを後にした。
糞、道に迷った。いや、間違えた。くそ。バックパックをしょった状態での遠回り。気が緩んでいたんじゃないかって糞。
駅で、チャイを飲んで一休み。30ルピーの列車の時刻表を買って。何とかカンとか楼へ向かった。
今にも壊れそうな橋をサイクルリクシャーで渡った。
芝生で寝転んで時刻表を読んだ。意味が解らなかった。インド人家族が僕の近くの芝生に座った。その家族の末っ子が話しかけてきた。
僕のカメラで家族の写真をとっていいかって。僕は、ちょっと迷ったが渡した。革ジャンが似合う何とか君に。
いろいろ話したが、すべて忘れた。くそ、僕の記憶力はアルツハイマー。なんだか、嫌になる。くそ。
小声で、写真とってやったから金くれって小声で言ってくる革ジャン。あーインド。僕は黙って首をゆっくり振った。
時間は15時。列車は21時くそ。僕は駅前のチャパティーとスープの屋台で食事をとる事にした。5ルピーだった。しかし、辛い。
隣に座っている黒褐色のインド人爺が笑ってる。日本人ってか、おれは辛いの無理やねんって言ってやりたがったが、わわわ
インド人爺、青唐辛子を勝手に取りナイフで切り中に塩を詰めだした。僕は、それを何気なく見ていた。店の親父に焼いてくれって言ってた。たぶん。
インド自由だなって思ってたら、焼いた青唐辛子を店の親父が僕に差し出した。意味が分からん。
ああ、あれかBARとかで、あのお客さんからってあれか?あれは、恋愛のきっかけじゃねーか!あほかって思った。
爺からも、食べろ日本人みたいな空気。くそ。っくそ。なんだこいつら、ふざけんなって思った。
ここで引いたら、大和魂が廃るって思っちまった僕は、きっとスパイスで脳がスパイシーになってたんじゃないかなって思う。
試しに、尻尾の部分をちょびっと、ホンノチョビット食べてみた。ん?辛くねーぞ?ん?
爺が「だろ、チャパティーに巻いて食ったらうまいぞ」って、たぶんそんな感じ。僕は、巻いて食べた。
馬鹿ですねインド人と僕。口の中がカオス。かおす。意味が分からん感情と口内。くそ。水が辛い。くそ。
顔中から滴り落ちる汗。僕のTシャツが見る見る汗ばんで行くのが分かった。
糞インド人笑ってんじゃねーって、思ったがそんな些細なことに構ってる余裕は、皆無。糞。
さすがに冗談が過ぎたのかと思ったかどうかは分からんが、黒褐色の爺がビニール袋から林檎の砂糖漬けの甘いやつを取り出して僕に進めた。
僕は、それを食べたがまったく収まりやしない。道の反対側からインド人が笑いながら見てる。くそ。時間にして10分ぐらいだろうか、そんなカオスな状態も治まった。
しらっとしている爺。チャイ飲むかって言われたが、ホットのチャイは僕の口には今は入れるべきではなかった。爺のおかげで
爺に別れを告げ、別の屋台に行った。チャイとサモサを食べ、しばらくぼけっとしてみた。列車の時間まで4時間は確実にある。糞。
僕は、プラットホームに向かいベンチがいっぱいだったから、輸送用荷物の木箱に座って本を読んだ。
プラットホームでは、犬とサルが喧嘩している。インドも犬猿の中らしい。
キオスクでチャイとチョコレートとヴィックスドロップ10個買い、ベンチで本を読んだ。夜になると寒くなってきた。
本を読むのも飽きてきた僕は、チケットに書いてあるシート番号の意味を推理してみた。デリーから来た時と何かが違う。
変な不安がよぎった。それは、まさに直感の通りだった。係の人にチケットを見せながら聞いた。
係りの人が「ここのチケットはウエイティングチケットから、リストで確認しなきゃ駄目だよ」
まさに、悪夢。糞。記憶の片隅に地球の歩き方に書いてあったあれだ。くそ。背中に変な汗が滴るのが分かった。くそ。
アーグラーに延泊も視野にはいった。あわわわあ糞
ウエイテイングチケットとは、キャンセル待ちチケット。僕のチケットには147の数字が書いてあった。
この数字が示すのは、キャンセル待ちが僕の前に146人居るって事。まさに絶望的状況
ウエイテイングリストが数十枚プリントアウトされた掲示板を教えてもらった。見たがさっぱり要領を得ない。くそ。
僕は、嫌な汗しか掻かなくなってきた。内臓と脳がおかしくなりそうだった。
ヘルプデスクに行き聞いてみた。インド人爺が掲示板まで付いて来てくれた、「ペンを持ってるか」僕はペンを渡した。
僕のチケットにS-6/13と書いた。「日本人これで良いか?」爺は微笑みながらそう言った。僕は彼が神に見えた。ごめん嘘だ。
彼は去ろうとした。僕のペンを持ってだ。僕は、彼にペンを返して貰うべく、ペンを指差した。彼は、ばれちゃったと言わんばかりに笑いながら、ペンを返してくれた。
ほんとに助かった。S-6/13僕はこの番号を一生忘れることは、うん忘れるな。
インドの列車は遅れる。これがインドだ。インドとはインドだ。
21:10DEP マルダラEXP。1時間遅れるとのアナウンス。吐く息が白くなったホーム。1時間伸びるのはつらかったが、インドでは不思議といくらでも待つことが出来る。
チャイを飲みながら、待った。日本人男性が居た。僕らは、くだらない話をしながら待った。
彼のチケットを見せてもらったら、彼のチケットもウエイティングチケットだった。時間は22:00。未確認との事。曲者のウエイテイングチケット
僕は、彼と一緒にウエイテイングリストを糞重いバックパックを担いで小走りで確認しに行った。
やっぱりよく分からない、ヘルプデスクで聞いたが今回はポーターに聞いてくれって事だった。
彼のウエイティング番号は15番。僕の番号は147番。たぶん大丈夫な気がした。
列車到着5分前に、僕たちはホームに居た。やはり彼も大丈夫だった。彼はポーターに10ルピー支払い、列車の到着位置まで連れってもらった。
僕たちは、バラナシで再会することになるが、このときは名前すら知らない彼。
1時間遅れてきたマルダラEXP。初の寝台車。僕は3段ベットの中段に寝転がり、日記を書いていた。韓国人女性が隣のベットから視線を送ってくる。
ボアみたいな感じだった。出身を聞かれて日本と答えたら、お休みって言われた。たぶん、僕が韓国人ぽかったからかな。
この日は、列車箔。結局3時間も寝れなかった。やれやれ、明日はこの旅のメイン、バラナシだってのに。くそ
今日の予定を考えながら、中庭でチャイとトマトチーズサンドイッチを食べた。プラスチックの赤いコカコーラって書かれたテーブルで食べた。
陽の差し来む中庭では、インド人が談笑している。ああ、ぼくは紛れもなくインドに来ているって思った。なにか、映画のワンシーンの中にいるような気もした。
ああ、こりゃ自分に酔ってんなって客観的にそう思った。あー恥ずかしいったらありゃしねー。
今日の予定は、列車のチケットを取る。ATMで予想外になくなって列車のチケットすら買えそうも無い持ち金を補充する。
ネットカフェで列車のダイヤを調べる。エアメールを出す。洗濯する。こんな予定。
日本の感覚で駅前向かって歩いた。
インドはきっと違う。違った確実に。駅前が発展してはいない。必ずだった。
僕は、ネットカフェもATMも無い駅前にうんざりしながら、駅で時刻表を確認した。たぶんこの列車なのだろうがよくわからん。
チケット買うお金も無い。くそ
次に目星をつけたのが、高級ホテル街。この日も僕は歩く。歩く。
しかし、僕の頭の中では、ああATMが見つからなかったら一生インドから出国することができないんじゃないかって妄想が広がってきた。
ガイドブックにすら記入されていないATM。歩く距離が増えるごとに少しずつ絶望感が高まっていった。
くそ。何のための携帯だ。何のためのネットカフェだ。僕は、最悪ネットカフェがあれば何とかなるって思いながら歩いた。
僕は、写真すら取ることを忘れて歩いた。我武者羅に何も口にするのを忘れて歩いた。その日は珍しく暑かった。
高まりつつある、喪失感と絶望感。ああ、僕はインドでインドで。くそくそあわわわぁぁぁ。
リクシャーに八つ当たりとも取れる罵声を僕は浴びせた。おかげで、僕の中に更なる感情が芽生えた。あぁあぁぁわあわわああがががががあぁぁ
ん!あれ?メインロードのThe Mailに車が走らなくなった。自転車すらだ。僕は何か嫌な予感がした。もしや、暴動か何かか?
もう、僕の精神状態はインドの河より混沌としてきた。たぶん、何か天中殺と厄日と大殺界が一緒に来たような感じ。僕は、インドが嫌いになった。
静まり返ったメインロード。僕は、端っこをこっそり歩く、交差点で道路を封鎖している警官。封鎖のため行き場がなくなったインド人達。
ぼくは、警官に怒鳴られて封鎖されているところまで走った。インド人の手招きに答えるように小屋の中に入った。
英語が出来れば状況を聞くことが出来るんだけど、僕は状況を見つめるしかなかった。
どのくらいだろう、僕たちはしばらく佇んでいた。封鎖された道を走る、軍あるいは警察の車両。そして、それは簡単に封鎖が解かれた。
いったいなんだったのか分からない。結局、2回ほど封鎖されるメインロードに遭遇した。
今日はきっと厄日だ。たぶん、呪われた日だ。くそ。くそ。大して暑くもないのに、背中に汗を掻いていた。あわわわ。
インドに帰化するの巻き。
インドでは、毎日歩きながらいろんな妄想が広がった。むしろ、妄想しかしてなかったな。妄想の旅。股旅。靴下。
この日の妄想は、地球の終わりを連想させた。くそ。ATMが見つからないってだけなのに
妄想しながら歩く僕。ん!Internetの文字。うんこー。あるやんけー。くそうんこ。マジうんこ。いいぞ俺うんこ。
入った、ネットカフェでは日本語が出来なかった。きっと、ほかにもあるって確信した僕は、水を得た魚。
いや、プロテインを飲んだみつはたしかり、がんがん勇気がわいてきた。くそ。おれ簡単だな。ん!Citi Bank発見!
はー、まじ俺マジ俺わわわ。うんこここここここ
よく使い方の分からないATMに四苦八苦しながら7000ルピーGet。はー、やっぱ金です。ほんとこの時そう思った。拝金主義になろう
ネットカフェも、難なく見つかり、インド人に覗かれながら、列車のダイヤは分からなかったが、必要な情報は何とか手に入った。
翌朝は起きたらすでに疲れていた。どうやら、インドに来て歩きすぎのようだ。くそ。欧米人の声で目覚める。くそ寒い朝に
夜は、寒くて厚手の毛布1枚しかないベッドでは、寒くて夜中に起きる。日中はTシャツで問題なし。こりゃ風邪引くなって思った。
案の定、僕はインドで3日風邪でダウンした。
今日の予定を立てるべく、中庭のテーブルで地球の歩きかたを見ていると「日本の方ですか?」
オオイシさん。確か38歳の男性だった。今日アーグラーに着いて、ホテルを探しているとの事だった。
僕と同じで、チェックアウトがまだ済んでいないから暫くチャイでも飲みながら待っとけって事だったらしい。
僕と、オオイシさんはお互いの情報を交換した。僕は、列車のチケットの取り方とを聞いた。僕は、アーグラーについていろいろ話した。
オオイシさんの話では、寝台車は毛布が無いと、寒くて寝れないって話だった。僕は、今日の予定に毛布を購入するのを付け加えた。
僕は、チャイとトマトチーズサンドイッチを食べ、今日の予定のトレインチケットと毛布とエアメイルを出すべく歩いた。
出掛けに、ホテルの支配人にナマステと言って、行き先を伝えたら道を教えてくれた。
僕は知っていたが、ありがとうと言って手を合わせた。
午前中の街は良い。みんな、昼の営業に向けて準備中。客なんかに構っている暇は無いっと言った感じで、僕に話しかけてこない。
インドらしからぬ状況が新鮮だった。
アーグラーフォート駅のリザベーションオフィスで、昨夜電子辞書と格闘しながら書いた紙を、係りのインド人に差し出す。
相変わらずナニ言ってるか判らない。僕の英語力には糠に糠といった所か
何とかチケットは購入できた。列車の時間が、僕の調べた6時発ではなくて夜21時になっていたが。まあ、何とかなるだろう。
ブランケットを探すべく、駅周辺のバザールをうろついた。
アーグラー駅周辺は、布の店が多い。ジーパン・Tシャツ・サリー・布団・スカーフ・シーツ。西日暮里か!って思った。
くそ、インドで西日暮里。僕の泊まっているところは、さしずめ駒込といったところか。
くそ、こういう時、優柔不断はまったく困る。ぜんぜん決まらない。きまらなすぎておなかが減ってきた。しかも迷った。くそ。
ホットミルクの甘いやつと、ジャガイモ潰して揚げたやつを、食べた。ミルクスタンドみたいだった。
こんな、屋台がインドには死ぬほどある。僕は死ぬほどは食べなかったが
疲れたから、チャイ屋で一休み。なぜか、インド人に笑われてる。くそ。僕の視線で笑ってたインド人は黙った。くそ、何だってんだ。
いい加減面倒になった僕は、ブランケットのスモールサイズを140ルピーで購入した。日本円で500円と言ったところか。
もっと、交渉すればよかったと後で後悔。だって、きっとボラレテイルカラ
ホテルに帰ると、オーナーが「何買ったんだ?」「ん!ブランケットだよ」「俺にか。おおThank You」「あほか!やらーん」
ぼくと、オーナーは笑った。肩を組んで笑った。
コカコーラとボトルウォーターを買って帰ると、僕の部屋の前のテーブルに日本人女性が2人座っていた。たぶん関西の人だ。
ぼくは、苦手な気がしたので2、3言喋って屋上に登った。夕焼けが綺麗だった。空には凧が上がっていった。
10個ほど揚がっていた。僕は屋上で腕立て伏せとスクワットをした。インド人ホテルマンが僕を見て親指を立て笑ってた。
オオイシさんとホテルのレストランで1時間ほど食事をしながら話した。先出の関西人女性2人組みがやって来た。
オオイシさんが話しかけた。彼女たちも、僕たちと同じように転職のタイミングで旅をしているとの事だ。
彼女たちは、4ヶ月ほど海外を旅行していて、タイ・カンボジア・バリ・インドで終わる旅。僕と、オオイシさんは項垂れた。
女性の行動力には頭が下がる。オオイシさんが知り合った、映画監督でインドに招待された人と、ヨガを学びに4ヶ月インドにいる人も女性だと言っていた。
欧米人のドンちゃん騒ぎでその日は中々眠れなかった。あほか。早く寝ろ欧米人。
この日の朝は、糞が付くほど寒かった。しかも、喉が痛い。風邪を引いたかも知れないと。
ホットシャワーとは言いがたい微温湯でシャワーを浴びた。今日でアーグラーともおさらば。
体調が思わしく無い為、この日は体力温存日にしようと決めた。
今日の予定は、列車の時刻表を買う。昨日オオイシさんに聞いたタージマハルの元になった、何とかカンとか楼を見に行くの二点。
ブレックファーストを取り。ホテルをチェックアウト。オーナーが今日はどうするんだって聞いてきた。
僕は、21時の列車でバラナシに行くって言った。
荷物を置いていても良いよって言ってくれたが、僕は断った。だって、駅から遠いんだもんモン悶
ナマステって言って、僕はホテルを後にした。
糞、道に迷った。いや、間違えた。くそ。バックパックをしょった状態での遠回り。気が緩んでいたんじゃないかって糞。
駅で、チャイを飲んで一休み。30ルピーの列車の時刻表を買って。何とかカンとか楼へ向かった。
今にも壊れそうな橋をサイクルリクシャーで渡った。
芝生で寝転んで時刻表を読んだ。意味が解らなかった。インド人家族が僕の近くの芝生に座った。その家族の末っ子が話しかけてきた。
僕のカメラで家族の写真をとっていいかって。僕は、ちょっと迷ったが渡した。革ジャンが似合う何とか君に。
いろいろ話したが、すべて忘れた。くそ、僕の記憶力はアルツハイマー。なんだか、嫌になる。くそ。
小声で、写真とってやったから金くれって小声で言ってくる革ジャン。あーインド。僕は黙って首をゆっくり振った。
時間は15時。列車は21時くそ。僕は駅前のチャパティーとスープの屋台で食事をとる事にした。5ルピーだった。しかし、辛い。
隣に座っている黒褐色のインド人爺が笑ってる。日本人ってか、おれは辛いの無理やねんって言ってやりたがったが、わわわ
インド人爺、青唐辛子を勝手に取りナイフで切り中に塩を詰めだした。僕は、それを何気なく見ていた。店の親父に焼いてくれって言ってた。たぶん。
インド自由だなって思ってたら、焼いた青唐辛子を店の親父が僕に差し出した。意味が分からん。
ああ、あれかBARとかで、あのお客さんからってあれか?あれは、恋愛のきっかけじゃねーか!あほかって思った。
爺からも、食べろ日本人みたいな空気。くそ。っくそ。なんだこいつら、ふざけんなって思った。
ここで引いたら、大和魂が廃るって思っちまった僕は、きっとスパイスで脳がスパイシーになってたんじゃないかなって思う。
試しに、尻尾の部分をちょびっと、ホンノチョビット食べてみた。ん?辛くねーぞ?ん?
爺が「だろ、チャパティーに巻いて食ったらうまいぞ」って、たぶんそんな感じ。僕は、巻いて食べた。
馬鹿ですねインド人と僕。口の中がカオス。かおす。意味が分からん感情と口内。くそ。水が辛い。くそ。
顔中から滴り落ちる汗。僕のTシャツが見る見る汗ばんで行くのが分かった。
糞インド人笑ってんじゃねーって、思ったがそんな些細なことに構ってる余裕は、皆無。糞。
さすがに冗談が過ぎたのかと思ったかどうかは分からんが、黒褐色の爺がビニール袋から林檎の砂糖漬けの甘いやつを取り出して僕に進めた。
僕は、それを食べたがまったく収まりやしない。道の反対側からインド人が笑いながら見てる。くそ。時間にして10分ぐらいだろうか、そんなカオスな状態も治まった。
しらっとしている爺。チャイ飲むかって言われたが、ホットのチャイは僕の口には今は入れるべきではなかった。爺のおかげで
爺に別れを告げ、別の屋台に行った。チャイとサモサを食べ、しばらくぼけっとしてみた。列車の時間まで4時間は確実にある。糞。
僕は、プラットホームに向かいベンチがいっぱいだったから、輸送用荷物の木箱に座って本を読んだ。
プラットホームでは、犬とサルが喧嘩している。インドも犬猿の中らしい。
キオスクでチャイとチョコレートとヴィックスドロップ10個買い、ベンチで本を読んだ。夜になると寒くなってきた。
本を読むのも飽きてきた僕は、チケットに書いてあるシート番号の意味を推理してみた。デリーから来た時と何かが違う。
変な不安がよぎった。それは、まさに直感の通りだった。係の人にチケットを見せながら聞いた。
係りの人が「ここのチケットはウエイティングチケットから、リストで確認しなきゃ駄目だよ」
まさに、悪夢。糞。記憶の片隅に地球の歩き方に書いてあったあれだ。くそ。背中に変な汗が滴るのが分かった。くそ。
アーグラーに延泊も視野にはいった。あわわわあ糞
ウエイテイングチケットとは、キャンセル待ちチケット。僕のチケットには147の数字が書いてあった。
この数字が示すのは、キャンセル待ちが僕の前に146人居るって事。まさに絶望的状況
ウエイテイングリストが数十枚プリントアウトされた掲示板を教えてもらった。見たがさっぱり要領を得ない。くそ。
僕は、嫌な汗しか掻かなくなってきた。内臓と脳がおかしくなりそうだった。
ヘルプデスクに行き聞いてみた。インド人爺が掲示板まで付いて来てくれた、「ペンを持ってるか」僕はペンを渡した。
僕のチケットにS-6/13と書いた。「日本人これで良いか?」爺は微笑みながらそう言った。僕は彼が神に見えた。ごめん嘘だ。
彼は去ろうとした。僕のペンを持ってだ。僕は、彼にペンを返して貰うべく、ペンを指差した。彼は、ばれちゃったと言わんばかりに笑いながら、ペンを返してくれた。
ほんとに助かった。S-6/13僕はこの番号を一生忘れることは、うん忘れるな。
インドの列車は遅れる。これがインドだ。インドとはインドだ。
21:10DEP マルダラEXP。1時間遅れるとのアナウンス。吐く息が白くなったホーム。1時間伸びるのはつらかったが、インドでは不思議といくらでも待つことが出来る。
チャイを飲みながら、待った。日本人男性が居た。僕らは、くだらない話をしながら待った。
彼のチケットを見せてもらったら、彼のチケットもウエイティングチケットだった。時間は22:00。未確認との事。曲者のウエイテイングチケット
僕は、彼と一緒にウエイテイングリストを糞重いバックパックを担いで小走りで確認しに行った。
やっぱりよく分からない、ヘルプデスクで聞いたが今回はポーターに聞いてくれって事だった。
彼のウエイティング番号は15番。僕の番号は147番。たぶん大丈夫な気がした。
列車到着5分前に、僕たちはホームに居た。やはり彼も大丈夫だった。彼はポーターに10ルピー支払い、列車の到着位置まで連れってもらった。
僕たちは、バラナシで再会することになるが、このときは名前すら知らない彼。
1時間遅れてきたマルダラEXP。初の寝台車。僕は3段ベットの中段に寝転がり、日記を書いていた。韓国人女性が隣のベットから視線を送ってくる。
ボアみたいな感じだった。出身を聞かれて日本と答えたら、お休みって言われた。たぶん、僕が韓国人ぽかったからかな。
この日は、列車箔。結局3時間も寝れなかった。やれやれ、明日はこの旅のメイン、バラナシだってのに。くそ
インド日記 バラナシ初日
2月9日
起きたら、列車の中だった。ああ、当たり前か。時間は朝6時。下段ベットのインド人爺が起きたから僕もつられて起きた。
インド人は馬鹿なのかわからないが、くそ寒い列車で窓を開けているやつがいた。
僕は薄いブランケット1枚しか持っていなかったので、寒さのあまり何度か夜中に目覚めた。
インド人ファットマンのいびきもうるさくて、それで2回ほど起きた。ほかのインド人も五月蠅いらしく、車掌に注意させてた。あの、インド人がだ。
朝6時に起きた。と、いうか起こされた。起きざを得ない状況だった。僕は、窓際に座り外を眺めた。たぶん僕の席は、通路側だ。そんな事は誰も気にしない。
車窓は暗い。見ていてもつまらないが、僕はなんとなく見ていた。ほかにする事もなかったから。どっかの窓が開いている車内は、風が吹き寒かった。
僕は、ブランケットに包まって車窓をなんとなく眺めていたら、いつの間にか眠っていた。
起きると、車窓は田畑が広がる平地だった。線路脇には1メートルほどの円周の小山が無限にあった。よくわからないが、お墓かなって思った。たぶん違うかもしれないが。
朝の、車窓からはインド人のウンコタイムが良く似合う。車窓からは、ケツ丸出しの無数のインド人。木の歯ブラシで歯を磨くインド人。河で体を洗うインド人。
決まって、インド人は列車に向かってケツを向けていた。たぶん、インド人の羞恥心はウンコ中の顔を見られるより、ケツを見られたほうが良いって事なんじゃないかなって妄想してみた。
やはりインドの列車は遅れる。これがインドだろう。時々、日本が異常な国のように思えた。たぶん、脳がスパイシーになってたからだろ?
駅にバラナシって書いてあった。どうやら、終点らしい。ファットマンのインド人も降車する。あなたのお陰で僕は寝不足。
僕は、ツーリストの波に流されバラナシに降り立った。ヒンドゥー教の聖地。ガンジス河の流れる場所。ヒンドゥー教徒が、神聖視する聖地バラナシ。
僕の、今回の旅のメイン。僕は、聖地バラナシでガンガー(ガンジス河の事。インド人はガンガーって言う。僕も、それに習ってガンガーと言うようになった。)で、ブルーハーツを聞いてみたかった。
聖なる河、ガンガー。僕は、聖なる河ガンガーが流れているところってことで、気が緩んでいたらしい。寝不足だって自分に言い訳をしながら。
早速、偽ガイドか何か分からないが、僕に話しかけるインド人。「日本人ですか」「ああ、そうだよ」「泊まるとことか決まってるの?」
あー、面倒だ。この手の奴の言いなりに、若しくは紹介でホテルなどを決めることを、僕は拒否しようって決めていた。
僕の旅じゃなくなって、こいつらの金儲けの道具にしかならないような気がしたから。くそ。ぼられるってのも、もちろんあるし一番の理由は面倒だからだ。
この時の僕は、違っていた。なぜか従順にオートリクシャーまで付いて行ってしまった。シートに座ってから気がついた。
「ああ、僕は聖地だからって気が緩んでいた」
僕は、彼の言葉を遮って自分の意思で歩き出した。追って来る彼。日本人の書いたであろう手紙を僕に見せる彼。
紙には、「彼はいい奴だから信用したほうが良いよ。」「彼は、インドで一番のジェントルマン。」
くだらない内容が羅列していた。くそ
そんなもん、お前らの主観で見たらやろ。あほか。俺の、直感じゃお前は違うねん。って言ってやりたかったが、僕の英語じゃね。くそ。
歩いていると、僕のレンタルした携帯がなる。レンタルきえたい。初めての事に動揺しながら通話ボタンを押す僕。
オカンからだった。一応、僕の安否の確認だったようだ。これは良い。これは、嬉しい事だ。しかし、こっからが不味い。
その日の、僕の実家では法事を行っていた。つまり、親族一同が集まっているって事だ。くそ
僕は、僕が支払うことになる、くそ高い海外通話料を惜しみなく払い、数人の親族と親父との不毛な会話を繰り広げた。
横に偽ガイドを待たせて、聖地バナラシの駅前でだ。なんだかよく分からな状態にくそ。
偽ガイドは、しつこく僕に話しかける。「何を警戒してるんだ。こんなにお前と同じ国の人間から推薦状を書いてもらってる僕を、なぜ疑うんだ?」みたいな事をたぶん言っていた気がする。
あほか。
なんか、面倒になって来たので取り合えずホテルだけ見に行くことにした。地球の歩き方に書いてあるホテルに。
一応、僕の候補だったホテル。目的のメインガート(ガートとは、階段状になって河水に没している堤の事と、ガイドブックに書いてあった)からは、相当上流に位置する。
リクシャーの中でも、日本人からの手紙を見せられる。適当に流し読みして内容も見ず彼に返した。あーめんどくせー。余計にあやしいっちゅーねん
僕の、指定したホテルに一応着いた。その、ホテルの部屋はガンガーを一望できるが500ルピー。ルピーってゼルダの伝説のお金の単位と一緒だよね。あれも、相当安いって事だね
一泊500ルピーも払えるわけ無く、もっと安い部屋を要求したが満室との事。くそ
ホテルを出ると、彼が待っていた。な、高いだろこのホテル。隣にもっと安い部屋があるから見るだけ見てみろよって。
彼と行ったホテルは、1泊150ルピー。予算内。ヤモリが居たが。交渉も面倒になったので、しばらくの拠点としてこのホテルに決めた。結果的に、彼の言いなりになっている事で、何かに負けた気がしたが。
後で考えると、コストパフォーマンスは良かった。
僕は、荷物をほどき窓を明けた。今日の空は曇っていた。晴れているのに曇っている。インドの空は、東京のそれより汚い。
砂埃と排気ガスと何か変な物質が飛んでいる空は、晴れた日でもうす雲。乾季だからか雲はほとんど見当たらない。霧のロンドン。
僕は、ロンドンに行った事は無いが、この空はイギリスと似ているんじゃないかって。だから、植民地・・・・あー嘘うそ。もうねー、うんこちゃん
屋上に行ってみた。ガンガーが一望できた。僕はスケジュールを考えながらガンガーを眺めた。風が強い屋上。
従業員の青年がやってきた。彼は、屋上から街を眺めていた。僕は、ここがどこか分からなかったから、彼に近くに見えるガートの名前を聞いた。
「ハリスチャンドラガート。火葬場」だと彼は言葉少なく答えた。僕の、ガイドブックを指差しながら。
ペプシを持って。ガートに行ってみた。ホテルにたむろしている青年が着いてきた。たぶんガイド。僕は、お金を払う気がまったく無かったので、ガートにすぐに腰を下ろした。
彼も、隣に座った。彼は、勝手にいろいろしゃべった。ほかのインド人と同じように勝手にしゃべり続けた。ガンガーは18時30分がもっとも盛り上がるとか、なんとか。
途中で、欧米人ツーリストにちょっかいを出しながら。
南下したせいだろう。日差しが温かかった。日本でたとえるなら、4月下旬の気候といったところか。花粉が飛んでいないのと、牛が居るのを除いて日本の春を連想させる気候。
おかげで僕は、彼の話しを聞きながら居眠りをしていた。彼に促されて、ホテルのベッドで眠る事にした。
あのブーチャンインド人の鼾と、くそ寒い列車内でほとんど寝てない僕は、ベッドに横になった。
気がついたら、夕方だった。うん、寝すぎだ。
お腹がすいたのと喉の渇きを潤す為、チャイ屋を探した。手動の小さな移動式の観覧車に群がる少年少女。たぶん60人ぐらい居た。
その横に顔の怖いチャイ屋の主人が居た。手招きされるままに僕は、汚いベンチに腰かけチャイとジャガイモの揚げたやつを食べた。
顔は怖いが、チャイは旨かった。僕は、チャイを2杯お替りして、揚げたやつも2個食べた。
隣のチャパティーのヨーグルト付けみたいなやつも食べた。この、少年店主にやたら写真を撮らされた。
地理を把握するために、ゴードウリヤーってメインストリートまで歩く事にした。
気づけば時間は6時30分。少年が言ってた時間だ。僕は、足早にガンガーに向かった。
客引きだろう(後で完全なる嘘つきだって事が分かった客引き)日本語が割りと堪能な青年。確か、17歳。
「店は後で見に来れば良いから、僕はガイドじゃ無くてお土産屋だからガイド料は要らない。お店だけ見てくれれば良いから、ガイドさせてくれ」って。
まあ、良いかなって思った。店には行こう。彼が言うには、「僕のお兄さんは日本の映画に出た事がある。後で写真と漫画も見せてあげるって。」
僕はちょっと気になった。
彼に案内されるまま、付いていった。
船に乗ることにした。僕は、実家からの電話で今日が法事の日だって聞いたから、灯篭を2個買って船に乗った。
船から見る夕方のお祈りには、多くのツーリストが蟻んこみたいに集っていた。なぜか分からないが、やれやれって思った。
彼に言われるがまま、僕は蝋燭に火を付けて灯篭を船からガンガーの水面に流し、お祈りをした。祖母と叔母の事を思いながら。
ヒンドゥー教の聖地だから、祖母と叔母になんでやねんって突っ込まれてるかも知れないが、お祈りもした。
船は、ガンガーに2箇所ある内の、大きいほうの火葬場に向かった。火葬場からは煙が5本昇っていた。
写真撮るかって聞かれたが、僕は断った。なんか、人の死を見世物にしているみたいで嫌だった。
僕は、煙を見ていたらなぜか涙が出てきた。いかん、いかんぜよ。なんか、いかんぜよ。また、感傷的になってる。くそ
今日が、法事の日とか、灯篭を流した事でやたら感傷的になってる僕。くそ
僕は、彼に「もう行こう」といった。ガンガーの水面には、蝋燭の炎が点々と見えた。
僕は、彼の店に行った。店には、日本人2人が座っていた女性と大学3年生のイシダ君。この店は日本人のたまり場になっていた。
僕は、店主が映画に出演したときの写真と原作の漫画を見ながらイシダ君と喋った。深夜特急という大沢たかお主演の映画に出演したっていう店主。
僕とイシダ君は気が合うような気がした。しばらく話して、店主お勧めのレストランに夕飯を食べるためイシダ君と向かった。
イシダ君は2人でインドに来ていて、友達が風邪で寝込んでいるって言ってた。僕はイシダ君の友達の姿は見る事が無かった。お大事にー
僕とイシダ君が入ったレストランには、日本人が7人座っていた。僕とイシダ君も同じテーブルの端っこに座った。
うん。不味い。これ、面倒。うん、やれやれ。彼らは、フレンドゲストハウスのドミトリーで偶然一緒になったか、先出のみやげ物屋で知り合った、一人旅の集まりだそうだ。
やれやれ、僕は初対面の何とか君から勧められたタンドリーチキンと、高めのターリーを食べた。量の多さと辛さにうんざりしながら食べた。
僕の隣の大学4年生は、インド人のそれよりお喋りだった。
「明日の朝、ガンガーの日の出を見る為、みんなで船に乗るんだけれど来ないか?」って誘われた。僕と、イシダ君は取り合えずOKした。
イシダ君は、明朝チェックアウトだったから、一寸めんどくさそうにOKって言ってた。
食後に土産物屋に戻り、旨いチャイ屋に店主に案内してもらった日本人ご一行様。くそ
そのチャイ屋は確かに旨かった。濃いチャイ。確かに旨い。チャイを飲んでいたら停電になった。インドでは、よくある。日常的にある。
インド人が言うには、みんな電気料金を払ってないから、電力会社が止めてるって言ってた。嘘つきインド人が言う事だから、2ちゃんねるより信憑性が低い情報だが。
僕と、よく喋る大学生とで星を眺めてたら、流れ星が見えた。僕たちは「流れ星だ」って叫んだ。ほかの日本人は嘘だと、取り合いもしない。
僕と、よく喋る大学生は確かに流れ星を見た。たぶん。
夜も遅くなったから、帰る事にした。その前に、その集団の中の女の子が今日がインドラストナイトだってんで。お土産やで軽く打ち上げをするってんで付いていった。ちょっとかわいい子だった。
僕たちは、くだらない会話をした。年齢当てっことかした。僕は、ことごとく命中した。インドに来て直感が鋭くなった気がする。うんこ
彼女が帽子を被った時、僕の脳内のシナプスが繋がった。エンドルフィンが生成された。
僕たちは、成田で逢った事がある。いや、正しくは僕が、成田で見かけた。同じ飛行機でニューデリーで入国した。
僕は、僕の記憶が正しい事を証明するために飛行機の時間や、便番号を言い合った。間違いは無かった。
また、シンクロニシィティーか?
時間は22時。危なくなるから、そろそろホテルに帰ったほうが良いって、店主が言った。
僕たちは、帰った。イシダ君とよく喋る大学生はホテルの方向が一緒だったから、歩いて帰った。
彼らは、就職の話で盛り上がっていた。僕は、適当に相槌を打ちながら歩いた。
ホテルに帰り、腕立て伏せと腹筋をしてシャワーを浴びた。このホテルは熱湯が出る。くそ。火傷するとこだったぜ。くそ
僕は、この街が気に入った。日程の半分近くをこの街で過ごすと、この時点で決めた。
体調も戻ってきた。インドが楽しくなってきた。ビバインド。
この日の夜は、変な夢を見た。なんの夢か忘れたが夢を見た。たぶん日本の女の子の夢だ。
起きたら、列車の中だった。ああ、当たり前か。時間は朝6時。下段ベットのインド人爺が起きたから僕もつられて起きた。
インド人は馬鹿なのかわからないが、くそ寒い列車で窓を開けているやつがいた。
僕は薄いブランケット1枚しか持っていなかったので、寒さのあまり何度か夜中に目覚めた。
インド人ファットマンのいびきもうるさくて、それで2回ほど起きた。ほかのインド人も五月蠅いらしく、車掌に注意させてた。あの、インド人がだ。
朝6時に起きた。と、いうか起こされた。起きざを得ない状況だった。僕は、窓際に座り外を眺めた。たぶん僕の席は、通路側だ。そんな事は誰も気にしない。
車窓は暗い。見ていてもつまらないが、僕はなんとなく見ていた。ほかにする事もなかったから。どっかの窓が開いている車内は、風が吹き寒かった。
僕は、ブランケットに包まって車窓をなんとなく眺めていたら、いつの間にか眠っていた。
起きると、車窓は田畑が広がる平地だった。線路脇には1メートルほどの円周の小山が無限にあった。よくわからないが、お墓かなって思った。たぶん違うかもしれないが。
朝の、車窓からはインド人のウンコタイムが良く似合う。車窓からは、ケツ丸出しの無数のインド人。木の歯ブラシで歯を磨くインド人。河で体を洗うインド人。
決まって、インド人は列車に向かってケツを向けていた。たぶん、インド人の羞恥心はウンコ中の顔を見られるより、ケツを見られたほうが良いって事なんじゃないかなって妄想してみた。
やはりインドの列車は遅れる。これがインドだろう。時々、日本が異常な国のように思えた。たぶん、脳がスパイシーになってたからだろ?
駅にバラナシって書いてあった。どうやら、終点らしい。ファットマンのインド人も降車する。あなたのお陰で僕は寝不足。
僕は、ツーリストの波に流されバラナシに降り立った。ヒンドゥー教の聖地。ガンジス河の流れる場所。ヒンドゥー教徒が、神聖視する聖地バラナシ。
僕の、今回の旅のメイン。僕は、聖地バラナシでガンガー(ガンジス河の事。インド人はガンガーって言う。僕も、それに習ってガンガーと言うようになった。)で、ブルーハーツを聞いてみたかった。
聖なる河、ガンガー。僕は、聖なる河ガンガーが流れているところってことで、気が緩んでいたらしい。寝不足だって自分に言い訳をしながら。
早速、偽ガイドか何か分からないが、僕に話しかけるインド人。「日本人ですか」「ああ、そうだよ」「泊まるとことか決まってるの?」
あー、面倒だ。この手の奴の言いなりに、若しくは紹介でホテルなどを決めることを、僕は拒否しようって決めていた。
僕の旅じゃなくなって、こいつらの金儲けの道具にしかならないような気がしたから。くそ。ぼられるってのも、もちろんあるし一番の理由は面倒だからだ。
この時の僕は、違っていた。なぜか従順にオートリクシャーまで付いて行ってしまった。シートに座ってから気がついた。
「ああ、僕は聖地だからって気が緩んでいた」
僕は、彼の言葉を遮って自分の意思で歩き出した。追って来る彼。日本人の書いたであろう手紙を僕に見せる彼。
紙には、「彼はいい奴だから信用したほうが良いよ。」「彼は、インドで一番のジェントルマン。」
くだらない内容が羅列していた。くそ
そんなもん、お前らの主観で見たらやろ。あほか。俺の、直感じゃお前は違うねん。って言ってやりたかったが、僕の英語じゃね。くそ。
歩いていると、僕のレンタルした携帯がなる。レンタルきえたい。初めての事に動揺しながら通話ボタンを押す僕。
オカンからだった。一応、僕の安否の確認だったようだ。これは良い。これは、嬉しい事だ。しかし、こっからが不味い。
その日の、僕の実家では法事を行っていた。つまり、親族一同が集まっているって事だ。くそ
僕は、僕が支払うことになる、くそ高い海外通話料を惜しみなく払い、数人の親族と親父との不毛な会話を繰り広げた。
横に偽ガイドを待たせて、聖地バナラシの駅前でだ。なんだかよく分からな状態にくそ。
偽ガイドは、しつこく僕に話しかける。「何を警戒してるんだ。こんなにお前と同じ国の人間から推薦状を書いてもらってる僕を、なぜ疑うんだ?」みたいな事をたぶん言っていた気がする。
あほか。
なんか、面倒になって来たので取り合えずホテルだけ見に行くことにした。地球の歩き方に書いてあるホテルに。
一応、僕の候補だったホテル。目的のメインガート(ガートとは、階段状になって河水に没している堤の事と、ガイドブックに書いてあった)からは、相当上流に位置する。
リクシャーの中でも、日本人からの手紙を見せられる。適当に流し読みして内容も見ず彼に返した。あーめんどくせー。余計にあやしいっちゅーねん
僕の、指定したホテルに一応着いた。その、ホテルの部屋はガンガーを一望できるが500ルピー。ルピーってゼルダの伝説のお金の単位と一緒だよね。あれも、相当安いって事だね
一泊500ルピーも払えるわけ無く、もっと安い部屋を要求したが満室との事。くそ
ホテルを出ると、彼が待っていた。な、高いだろこのホテル。隣にもっと安い部屋があるから見るだけ見てみろよって。
彼と行ったホテルは、1泊150ルピー。予算内。ヤモリが居たが。交渉も面倒になったので、しばらくの拠点としてこのホテルに決めた。結果的に、彼の言いなりになっている事で、何かに負けた気がしたが。
後で考えると、コストパフォーマンスは良かった。
僕は、荷物をほどき窓を明けた。今日の空は曇っていた。晴れているのに曇っている。インドの空は、東京のそれより汚い。
砂埃と排気ガスと何か変な物質が飛んでいる空は、晴れた日でもうす雲。乾季だからか雲はほとんど見当たらない。霧のロンドン。
僕は、ロンドンに行った事は無いが、この空はイギリスと似ているんじゃないかって。だから、植民地・・・・あー嘘うそ。もうねー、うんこちゃん
屋上に行ってみた。ガンガーが一望できた。僕はスケジュールを考えながらガンガーを眺めた。風が強い屋上。
従業員の青年がやってきた。彼は、屋上から街を眺めていた。僕は、ここがどこか分からなかったから、彼に近くに見えるガートの名前を聞いた。
「ハリスチャンドラガート。火葬場」だと彼は言葉少なく答えた。僕の、ガイドブックを指差しながら。
ペプシを持って。ガートに行ってみた。ホテルにたむろしている青年が着いてきた。たぶんガイド。僕は、お金を払う気がまったく無かったので、ガートにすぐに腰を下ろした。
彼も、隣に座った。彼は、勝手にいろいろしゃべった。ほかのインド人と同じように勝手にしゃべり続けた。ガンガーは18時30分がもっとも盛り上がるとか、なんとか。
途中で、欧米人ツーリストにちょっかいを出しながら。
南下したせいだろう。日差しが温かかった。日本でたとえるなら、4月下旬の気候といったところか。花粉が飛んでいないのと、牛が居るのを除いて日本の春を連想させる気候。
おかげで僕は、彼の話しを聞きながら居眠りをしていた。彼に促されて、ホテルのベッドで眠る事にした。
あのブーチャンインド人の鼾と、くそ寒い列車内でほとんど寝てない僕は、ベッドに横になった。
気がついたら、夕方だった。うん、寝すぎだ。
お腹がすいたのと喉の渇きを潤す為、チャイ屋を探した。手動の小さな移動式の観覧車に群がる少年少女。たぶん60人ぐらい居た。
その横に顔の怖いチャイ屋の主人が居た。手招きされるままに僕は、汚いベンチに腰かけチャイとジャガイモの揚げたやつを食べた。
顔は怖いが、チャイは旨かった。僕は、チャイを2杯お替りして、揚げたやつも2個食べた。
隣のチャパティーのヨーグルト付けみたいなやつも食べた。この、少年店主にやたら写真を撮らされた。
地理を把握するために、ゴードウリヤーってメインストリートまで歩く事にした。
気づけば時間は6時30分。少年が言ってた時間だ。僕は、足早にガンガーに向かった。
客引きだろう(後で完全なる嘘つきだって事が分かった客引き)日本語が割りと堪能な青年。確か、17歳。
「店は後で見に来れば良いから、僕はガイドじゃ無くてお土産屋だからガイド料は要らない。お店だけ見てくれれば良いから、ガイドさせてくれ」って。
まあ、良いかなって思った。店には行こう。彼が言うには、「僕のお兄さんは日本の映画に出た事がある。後で写真と漫画も見せてあげるって。」
僕はちょっと気になった。
彼に案内されるまま、付いていった。
船に乗ることにした。僕は、実家からの電話で今日が法事の日だって聞いたから、灯篭を2個買って船に乗った。
船から見る夕方のお祈りには、多くのツーリストが蟻んこみたいに集っていた。なぜか分からないが、やれやれって思った。
彼に言われるがまま、僕は蝋燭に火を付けて灯篭を船からガンガーの水面に流し、お祈りをした。祖母と叔母の事を思いながら。
ヒンドゥー教の聖地だから、祖母と叔母になんでやねんって突っ込まれてるかも知れないが、お祈りもした。
船は、ガンガーに2箇所ある内の、大きいほうの火葬場に向かった。火葬場からは煙が5本昇っていた。
写真撮るかって聞かれたが、僕は断った。なんか、人の死を見世物にしているみたいで嫌だった。
僕は、煙を見ていたらなぜか涙が出てきた。いかん、いかんぜよ。なんか、いかんぜよ。また、感傷的になってる。くそ
今日が、法事の日とか、灯篭を流した事でやたら感傷的になってる僕。くそ
僕は、彼に「もう行こう」といった。ガンガーの水面には、蝋燭の炎が点々と見えた。
僕は、彼の店に行った。店には、日本人2人が座っていた女性と大学3年生のイシダ君。この店は日本人のたまり場になっていた。
僕は、店主が映画に出演したときの写真と原作の漫画を見ながらイシダ君と喋った。深夜特急という大沢たかお主演の映画に出演したっていう店主。
僕とイシダ君は気が合うような気がした。しばらく話して、店主お勧めのレストランに夕飯を食べるためイシダ君と向かった。
イシダ君は2人でインドに来ていて、友達が風邪で寝込んでいるって言ってた。僕はイシダ君の友達の姿は見る事が無かった。お大事にー
僕とイシダ君が入ったレストランには、日本人が7人座っていた。僕とイシダ君も同じテーブルの端っこに座った。
うん。不味い。これ、面倒。うん、やれやれ。彼らは、フレンドゲストハウスのドミトリーで偶然一緒になったか、先出のみやげ物屋で知り合った、一人旅の集まりだそうだ。
やれやれ、僕は初対面の何とか君から勧められたタンドリーチキンと、高めのターリーを食べた。量の多さと辛さにうんざりしながら食べた。
僕の隣の大学4年生は、インド人のそれよりお喋りだった。
「明日の朝、ガンガーの日の出を見る為、みんなで船に乗るんだけれど来ないか?」って誘われた。僕と、イシダ君は取り合えずOKした。
イシダ君は、明朝チェックアウトだったから、一寸めんどくさそうにOKって言ってた。
食後に土産物屋に戻り、旨いチャイ屋に店主に案内してもらった日本人ご一行様。くそ
そのチャイ屋は確かに旨かった。濃いチャイ。確かに旨い。チャイを飲んでいたら停電になった。インドでは、よくある。日常的にある。
インド人が言うには、みんな電気料金を払ってないから、電力会社が止めてるって言ってた。嘘つきインド人が言う事だから、2ちゃんねるより信憑性が低い情報だが。
僕と、よく喋る大学生とで星を眺めてたら、流れ星が見えた。僕たちは「流れ星だ」って叫んだ。ほかの日本人は嘘だと、取り合いもしない。
僕と、よく喋る大学生は確かに流れ星を見た。たぶん。
夜も遅くなったから、帰る事にした。その前に、その集団の中の女の子が今日がインドラストナイトだってんで。お土産やで軽く打ち上げをするってんで付いていった。ちょっとかわいい子だった。
僕たちは、くだらない会話をした。年齢当てっことかした。僕は、ことごとく命中した。インドに来て直感が鋭くなった気がする。うんこ
彼女が帽子を被った時、僕の脳内のシナプスが繋がった。エンドルフィンが生成された。
僕たちは、成田で逢った事がある。いや、正しくは僕が、成田で見かけた。同じ飛行機でニューデリーで入国した。
僕は、僕の記憶が正しい事を証明するために飛行機の時間や、便番号を言い合った。間違いは無かった。
また、シンクロニシィティーか?
時間は22時。危なくなるから、そろそろホテルに帰ったほうが良いって、店主が言った。
僕たちは、帰った。イシダ君とよく喋る大学生はホテルの方向が一緒だったから、歩いて帰った。
彼らは、就職の話で盛り上がっていた。僕は、適当に相槌を打ちながら歩いた。
ホテルに帰り、腕立て伏せと腹筋をしてシャワーを浴びた。このホテルは熱湯が出る。くそ。火傷するとこだったぜ。くそ
僕は、この街が気に入った。日程の半分近くをこの街で過ごすと、この時点で決めた。
体調も戻ってきた。インドが楽しくなってきた。ビバインド。
この日の夜は、変な夢を見た。なんの夢か忘れたが夢を見た。たぶん日本の女の子の夢だ。



